国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

東日本大震災で被災した民俗文化財の保存および活用に関する基礎研究(2015-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 日高真吾

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、東日本大震災で被災した民俗文化財を対象とし、被災地でおこなえる塩分除去などの保存処理法の開発と、長期化する一時保管場所の環境改善対策の策定、さらには震災で失われた資料情報の復元と博物館におけるこれら被災民俗文化財の積極的な活用について実践的な研究活動をおこなうものである。
東日本大震災で被災した民俗文化財は、現在、津波に含まれていた塩分の課題、長期化する一時保管場所の環境改善の課題、博物館再建が進まず被災文化財の研究・活用の機会が失われているという課題に直面している。そこで、本研究では、これらの課題を解決するための方法論の策定及び実践研究を積み重ね、次の大規模災害に備えた被災文化財の復興活動のあり方を提示する。

活動内容

2017年度活動報告

平成29年度は、平成28年度に引き続き、1)被災地で実施できる被災民俗文化財の保存修復方法の開発、2)一時保管場所の環境改善対策の確立、3)被災民俗文化財を対象とした民俗調査の実施の観点から研究を進めてきた。具体的には、以下の項目について研究を進めた。
1)「被災地で実施できる被災民俗文化財の保存修復方法の開発」では、被災した民俗文化財の応急措置法の技術開発を目指した。ここでは、洪水、火災で被災した民俗文化財を想定し、研究を進め、その成果は奈良文化財研究所で開催された文化財等防災ネットワーク研修において、「被災した民俗資料の応急処置」と題した講義をおこなった。
2)「一時保管場所の環境改善対策の確立」では、平成26年度に環境改善をおこなった旧月立中学校を拠点に、温度湿度の測定、生物生息調査、浮遊菌・塵埃調査、光の測定、大気環境の測定を実施し、IPMによる施設運用の水準をさらに高めていくことをめざし、その効果について検証を進めた。
3)「被災民俗文化財を対象とした民俗調査の実施」では、被災文化財の活用を目指している国内外の地域博物館の調査と情報交換を展開するため、2009年の台風で壊滅的な被害を受けた台湾小林村の災害展示に協力している国立台湾歴史博物館との連携研究を実施し、日台における被災文化財への支援体制を比較した。また、台湾でおこなわれた国際シンポジウム「負の歴史遺産、歴史認識と博物館」において、「生活文化の記憶を取り戻す-文化財レスキューの現場から」と題した講演をおこなった。

2016年度活動報告

平成28年度は、平成27年度に引き続き、1)被災地で実施できる被災民俗文化財の保存修復方法の開発、2)一時保管場所の環境改善対策の確立、3)被災民俗文化財を対象とした民俗調査の実施の観点から研究をおこなった。
1)「被災地で実施できる被災民俗文化財の保存修復方法の開発」では、被災した民俗文化財の応急措置法の技術開発を目指した。特に今年度は火災による消火剤で汚損した民俗文化財を想定し、研究を進おこない、その技術開発に成功した。また、火災による消火活動の影響調査について、粉塵や臭気測定など新たな視点での測定方法について実践的な研究をおこなうとともに、博物館における避難誘導体制の在り方についても新たな知見を得ることができた。
2)「一時保管場所の環境改善対策の確立」では、平成26年度に環境改善をおこなった旧月立中学校を拠点に、引き続き、温度湿度の測定、生物生息調査、浮遊菌・塵埃調査、光の測定、大気環境の測定を実施し、IPMによる施設運用の水準をさらに高めていくことをめざし、その効果について検証を進めた。このなかで、平成28年度は、緊急雇用制度の終了で、これまでの運用体制が維持できなくなったことで、新たな一時保管場所の環境管理の課題について明らかにすることができた
3)「被災民俗文化財を対象とした民俗調査の実施」では、被災文化財の活用を目指している国内外の地域博物館の調査と情報交換を展開するため、2009年の台風で壊滅的な被害を受けた台湾小林村の災害展示に協力している国立台湾歴史博物館との連携研究を実施し、2017年度のシンポジウムを開催するための準備をおこなった。また、災害からの復興のありようとして、郷土芸能復興支援メッセを大船渡市で開催し、被災した文化財の復興の重要性について市民と情報を共有できる場を創出した。

2015年度活動報告

平成27年度の研究は、1)被災地で実施できる被災民俗文化財の保存修復方法の開発、2)一時保管場所の環境改善対策の確立、3)被災民俗文化財を対象とした民俗調査の実施の3つの観点から研究活動をおこなった。
1)「被災地で実施できる被災民俗文化財の保存修復方法の開発」では、具体的な脱塩処理の技術開発について、東北学院大学と連携しながら、大学で行える被災民俗文化財の脱塩処理の方法について検討した。ここでは、実際に東日本大震災で被災した民俗文化財を対象に脱塩処理からの引き上げの目安について脱塩液に含まれる塩素イオンを測定しながら判断する手法について研究を進めた。
2)「一時保管場所の環境改善対策の確立」では、新潟県村上市の旧茎太小学校民俗収蔵庫のデータを参考にしつつ、実際に一時保管場所として利用されている気仙沼市旧月立中学校の収蔵庫マネージメントをIPMの手法を導入しながら運用するとともに、温度湿度の測定、生物生息調査、浮遊菌・塵埃調査、光の測定、大気環境の測定を実施しており、現状の課題と解決策について研究を進めた。その結果、IPMの手法を導入した施設運用の効果が認められ、より完成度の高い運用方法について検討することとした。
3)被災民俗文化財を対象とした民俗調査の実施では、連携研究者の加藤、政岡が所属する東北学院大学と研究協力者の小谷が所属する東北歴史博物館を中心に民俗調査チームを結成し、被災した民俗文化財に関する民俗調査を実施するとともに、将来の展示開催を向けた協議を進めた。この点については、来年度からスタートする人間文化研究機構の基幹研究との連携を視野に入れながら、研究を進めていくこととした。