国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

チベット文化圏における言語基層の解明――チベット・ビルマ系未記述言語の調査とシャンシュン語の解読(2004-2008)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(S) 代表者 長野泰彦

研究プロジェクト一覧

目的・内容

チベット・ビルマ語族は、中国・青海省、四川省、雲南省、チベット自治区、ヒマラヤ地域、インド東北部と西北部、パキスタン東北部にわたる広い地域に分布する大言語グループであり、それら諸言語の共時的・通時的研究はこの50年間に長足の進歩を遂げた。しかし、それは主要な言語の分析に基づいた系統関係の大枠が示された段階であり、未だ解読されていない文献言語や記述のなされていない言語が多数残っている。最も古い文献資料を有するチベット語・チベット文化圏を取ってみても、多様な基層言語が後にチベット文語の基礎となる自然言語と接触するプロセスを経たはずである。本研究はこの言語動態を河西九曲の地(四川省西北部)・チベット西部・及びヒマラヤ地域での未記述言語のフィールドワークによって的確に把握し、その脈絡において未解読言語のひとつであるシャンシュン語文法構造の再構成を行うことを目的とする。
このための具体的な研究事項は下記の5点にまとめられる。
1.チベット・ビルマ系未記述言語の調査研究とデータベース作成:チベット文語の基礎となる自然言語(pre-Tibetan)に基層言語として接触したと考えられる、河西九曲の地(四川省西北部)、チベット西部、及びヒマラヤ地域の言語、特に、木雅語、嘉絨語、羌語、ガルワールヒマール諸語、の形態統辞論を中心とした記述研究を行い、カリフォルニア大学STEDTプロジェクトとの連携の下に文法データベースを作成する。
2.Pre-Tibetanの再構成とチベット語文語成立過程の研究:基層言語と文語チベット語との比較を通じて、基層言語が文語文法に及ぼした影響を探り、同時にチベット語文語がいかにして整備されたのかを跡付ける。
3.シャンシュン語文献の解読と文法の再構成:チベットに仏教が齎される以前にドミナントであったポン教徒の言語、シャンシュン語を、文献研究と統計数理学の立場から総合的に解析し、解読を目指す。
4.歴史言語学方法論の批判的検討:上記の実証的研究を行う立場から、言語の歴史を再構成する方法としての比較方法と類型論的アプローチがどこまで有効であるか、また、どのような視点を加味すれば歴史を再構できたと言えるのかを、言語基層の観点から理論的に追求する。
5.国際的な研究資源の共有体制の整備:研究を効率的に行うため、世界的な拠点と研究資源を共有する体制を具体化する。

活動内容

2008年度活動報告

1.チベット・ビルマ系未記述言語の補遺的調査研究については、長野がギャロン語、池田が木雅語、林がチノ語、高橋がキナウル語の補遺調査を行った。記述の精緻化を実現できた。
2.Pre-Tibetanの再構成とチベット語文語成立過程を前提とした古チベット語の分析については、チベット伝統文法学のテキストの収集・整理・解析を立川・津曲がポン教について行った。
3.古シャンシュン語文法研究については、フランス国立文書館が蔵する敦煌出土文献VP755につき文法解析を進め、新たにいくつかの文法的特徴を抽出した。
4.新シャンシュン語についてはデータベースにより、現地調査の結果と全年度刊行した辞書記載の語彙の同定を行った。
5.11世紀以降再構成された新シャンシュン語のコンコーダンス作成のためのデータを、フランス・ブローおよびカトマンズのポン教研究センターとの協働で集積した。
6.「言語基層」にかかる歴史言語学方法論の批判的検討を行うシンポジウムを2008年9月に開催し、 「言語基層」にかかる歴史言語学方法論の批判的検討を行った。成果はSenri Ethnological Studies No.75として刊行された。
7.本研究の研究成果を国際研究集会において発表し、批判を仰ぐため、主として若手の連携研究者・研究協力者を国際研究集会に派遣した。
8.(6)の成果のほか、チベット語方言調査結果等を2冊の報告書としてまとめ、公刊した。

2007年度活動報告

2007年度は下記の研究を行った。
1. チベット・ビルマ系未記述言語の調査研究とデータベース作成に関して:
a)長野がギャロン語を、池田が木雅語を、白井が丹巴語を中国で記述調査した。
b)高橋がインドでキナウル語を、本田がネパールでセケ語を調査した。また、桐生がネワール語文献を調査した。
c)各人は記述調査の結果をもとに、STEDTプロジェクト語彙データとの突合せと、各言語の文法データベースを作成するとともに、シャンシュン語語彙形式との比較を行った。
2. シャンシュン語文献の解読と文法の再構成に関して:
a)OZについては武内・長野がフランス国立文書館の蔵する敦煌出土文献P1252につき解析を進めた。同時に、サンスクリット語のパラレルテキストの特定に着手した。
b)チベット語とシャンシュン語との対訳語彙集mDzod-phugのデータベース化を立川が引き続き行った。
c)研究協力者サムテン・カルメイ教授と長野が、NZに関するLexicon作成を引き続き、カトマンズのポン教寺院との協働で行い、全語彙のチベット語語釈を終了した。
3. 国際的な研究資源の共有体制の整備に関して:
a)長野・菊澤がライデン大学Bon Studies Projectとの研究資源共有体制を整備した。
4. 歴史言語学方法論再検討のためのワークショップ構成の検討に関して:
a)2008年度に予定されるワークショップの準備のため、長野を米国に派遣し、最新の歴史言語学理論に基づき、ワークショップの構造を固めた。

2006年度活動報告

2006年度は下記の研究を行った。
1. チベット・ビルマ系未記述言語の調査研究とデータベース作成に関して:
a)長野がギャロン語を、池田が木雅語を、白井がダパ語を中国で記述調査した。
b)高橋がインドでキナウル語を、本田がネパールでセケ語を調査した。
c)各人は記述調査の結果をもとに、STEDTプロジェクト語彙データとの突合せと、各言語の文法データベースを作成するとともに、シャンシュン語語彙形式との比較を行った。
d)Turin他の研究協力者はネパール、中国四川省・チベット自治区でチベット・ビルマ系未記述言語の記述研究に従事した。
2. シャンシュン語文献の解読と文法の再構成に関して:
a)OZについては武内・長野がフランス国立文書館の蔵する敦煌出土文献P1251につき解析を進めた。同時に、サンスクリット語のパラレルテキストの特定に着手した。
b)チベット語とシャンシュン語との対訳語彙集mDzod-phugのデータベース化を立川が引き続き行った。
c)研究協力者サムテン・カルメイ教授と長野が、NZに関するLexicon作成を引き続き、カトマンズのポン教寺院との協働で行い、全語彙のチベット語語釈を終了した。
3. 国際的な研究資源の共有体制の整備に関して:
a)菊澤がライデン大学Bon Studies Projectとの研究資源共有体制の整備に着手した。
4. 歴史言語学方法論再検討のためのシンポジウム構成の検討に関して:
a)2008年度に予定されるシンポジウムの準備のため、菊澤をフィンランドへ、長野を米国に派遣し、最新の歴史言語学理論に基づき、シンポジウムの構造を固めた。

2005年度活動報告

1. チベット・ビルマ系未記述言語の調査研究とデータベース作成:
a)長野がギャロン語を、白井が道孚語を、池田が羌語を記述調査するため、各人を中国へ派遣した。
b)高橋がマンチャド語を調査するため、同人をインドへ派遣した。
c)本田がセケ語を調査するため、同人をネパールへ派遣した。
d)各分担者は記述調査の結果をもとに、カリフォルニア大学のSTEDTプロジェクトで収集された語彙データの検証と、各言語の文法データベース作成を行った。
2. Pre-Tibetanの再構成とチベット語文語成立過程の研究:
a)チベット伝統文法学のテキストの収集をサキャ学派について立川が行った。
3. シャンシュン語文献の解読と文法の再構成:
a)OZについてはフランス国立文書館が蔵する敦煌出土文献VP755につき,音節構造、語彙形式、文法構造について解析を進めた。
b)NZについてはデータベースにより、高橋・白井・本田・池田はそれぞれ収集した現地調査の結果をもとに語彙の同定を行った。
c)NZの網羅的なLexiconを作成するため、ポン教寺院と共同でNZの例文を35種の文献から抽出し、チベット語訳を付する作業に着手した。
d)チベット語とシャンシュン語との対訳語彙集mDzod-phugのデータベース化を、立川がLeiden Bon Projectと共同で行った。
4. 国際的な研究資源の共有体制の整備:
a)研究拠点における研究資源を共有する体制を整えるべく、立川・菊澤・武内が交渉を行った。この年度はLeiden Bon ProjectとVirginia Tibet Projectを対象とした。このため、菊澤を、先端的な歴史言語学方法論の調査を兼ねて、米国へ派遣した。
b)昨年開始されたタイのチュラロンコーン大学のTibet Projectとの連携を図るため、武内をタイに派遣した。

2004年度活動報告

2004年度の研究実績は次の通りである。
1. チベット・ビルマ系未記述言語の調査研究とデータベース作成:
a)長野がギャロン語を、白井が羌語を、池田が木雅語を、中国で記述調査した。
b)高橋がキナウル語をインドで、本田がセケ語をネパールで調査した。
c)各分担者は記述調査の結果をもとに、カリフォルニア大学のSTEDTプロジェクトで収集された語彙データの検証を行った。
2. Pre-Tibetanの再構成とチベット語文語成立過程の研究:
a)武内・池田・立川がチベット伝統文法学のテキストの収集を行った。
3. シャンシュン語文献の解読と文法の再構成:
a)シャンシュン語には敦煌出土文献に代表される古いシャンシュン語(OZ)と13世紀以降に整備された新しいシャンシュン語(NZ)の2種がある。長野、武内がOZを、白井・池田・本田・高橋がNZを担当している。
b)OZについては英国British Libraryが蔵する敦煌出土文献OR8212/188につき,全文データベースの作成に着手した。武内はこれに関連する補遺調査を英国で行った。
c)NZについては白井等4名がそれぞれ収集した現地調査の結果をもとに語彙の同定を行った。
d)NZ文献の体系的な語彙集作成のため、長野・立川がカトマンドゥのティテンノルブ寺において文献の整備を行った。
4. 言語基層に関する歴史言語学方法論の検討:
a)言語基層に関する理論・方法論を体系的に集め、整理する作業に着手した。
5. 国際的な研究資源の共有体制の整備:
a)研究拠点との間で研究資源共有体制を整えるため、立川が米国の機関、長野がフランスの機関と協議を始めた。