個別文化の標準化問題に関する文化人類学と会計学の学際的共同研究(2017-2021)
目的・内容
現代社会は、世界標準的なモノサシによって評価や監査を行うことが蔓延してきている。この問題に対して会計学者のMichael Powerは「認定の儀礼」(國部克彦・堀口真司の邦訳では「検証の儀式化」)という副題をわざわざ入れて『監査社会』を著し、それを受けた形で文化人類学者のMarilyn Strathernが『監査文化』を世に問い「監査」をめぐる課題が会計学・文化人類学にとってグローバル化を挟んで共通する大きなテーマであることが明示された。しかし、両学問の壁は大きく、その壁を取り除くことはできていない。そこで、本研究は普遍化と個別化の問題が顕著に出ている「非営利法人の複数の会計基準の標準化問題」の研究を契機として、文化人類学者と会計学者の知見を融合させ、評価・監査を重視する現代社会の「個別文化の標準化問題」を研究しうる新しい知を創出することを目的とする。
活動内容
2020年度実施計画
1.今年度は新型コロナウイルスの影響を考慮して、オンライン上の研究計画と、平常時の研究計画を両建てしながら、いかなる状況であっても当初の研究を遂行できるような計画を立案している。2.海外の研究者とは、オンラインでのネットワークが結びつきやすくなっていることから、大幅に海外の研究協力者を増やし、国際的な研究交流を促進させる。そのために、国際的な非営利組織の会計基準の標準化と個別化を検討する国際ネットワーク(IFR4NPO)の4月1日、6月17日、9月23,24日のオンラインの国際研究会に参加する。3.本研究計画と関連するAVPN(Asia Venture Network)のWebinarをはじめ、オンラインで開催される国際会議に参加する(6月8-12日)。4.中国、台湾の研究者、研究分担者とともに、国際シンポジウム「東アジアの非営利組織をめぐる法・会計・文化―普遍性と個別性」(仮題)を開催する。5. 非営利法人研究学会で成果報告を行う(9月25-27日)。6.国際シンポジウムのフォローアップのための中国財団センター(北京・上海)、台湾(台北)の調査を実施する。7.一年通じて、公益法人、農業組合等非営利組織ヒアリングを実施する。8.上記を通じ、研究分担者の藤井・尾上は会計面、宇田川、竹沢は文化人類学面を担当する。9.トランスフォーマティブリサーチとして、必要に応じてFace to Face の状況を作らない研究手法を意識しながら研究を実施する。
2019年度活動報告
2018年度活動報告
本年の研究計画は、共同研究体制がほぼ組まれることがなかった文化人類学者と会計学者が、文化人類学者のフィールドにともに出かけることを主眼としていた。研究協力者として文化人類学者である太田心平国立民族学博物館准教授を起用し、そのフィールドである米国・ニューヨークへ、太田の他、出口、藤井、尾上の合計4人で調査を行った。アメリカ自然史博物館(米国IRC501(c)3団体)について、IRSのForm990を会計学者と面接したほかアメリカ自然史博物館の文化人類学部長、文化人類学部の職員(公認会計士資格取得者)に対する調査を行うことができた。
同人類学部長の反応は気になったところであるが、平素、出張費の精算等で事務部門と衝突することもあり、「大変面白い研究」と評価を頂いた。とりわけ、アメリカ自然史博物館では、旅費精算の電子化が検討されているが、現在ではアナログベースの出張清算であり、用紙も持ち帰ることができた。アナログの会計資料の収集も今行っておく必要性も感じた。
また、非営利セクター全体に影響を与える休眠預金活用についての研究を進展させ、アクション・アンソロポロジーとして積極的に係った。様々な非営利法人の会計基準が企業会計の影響を受けた損益計算書となっているのに対して、休眠預金活用のための指定活用団体の会計は役所のチェックが可能なことが理由と考えられるが、収支計算書となっていることなどの影響が、実際の活動を通じて明らかになった。
また、会計の問題をアプローチするための人的なネットワーク形成のため、公益法人を対象とした研究会を1回開催するなど試行錯誤を繰り返しながら研究を行った。
2017年度活動報告
1年目から思った以上の業績を発表し、また、反響を得ることができた。本研究は挑戦的萌芽研究(2015-2016)の後継研究であり、決定時期が夏場で1年間の期間はなかったものの想定以上のスタートが切れた。ジンバブエのハイパー・インフレーションを研究していた人類学者と公益法人会計を研究していた会計学者に研究協力者として加わってもらった。その結果、人類学者が持ち帰っていた何気ない新聞に記載されていた「未監査」の状態の決算報告書が、ジンバブエも「国際財務会計基準」に従っているはずだという認識の会計学者の常識を打ち破る重要標本であることを「発見」することができた。従来、接点がないと思われていた両学問だけにその遭遇だけで思わぬ効果が生まれたのである。
実績も順調で英国の会計学者と研究代表者による国際共著論文1本をはじめ、重要なジャーナルに論文が掲載されたほか、歴史ある「日本会計研究学会」で、会計学者と文化人類学者からなる共著論文を発表することができた。「日本会計研究学会」で文化人類学者が発表したのは初めてのことと理解している。
また、会計学の研究分担者は、MBA(ビジネス修士号)の授業において、ジンバブエの人類学者の研究やインドネシアのトーライ人貝貨貨幣についての人類学の研究を早速授業に取り入れた。また、非営利の会計を考えるときに、マジョリティである企業を前提にする見方が人類学者からはエスノセントリズムと同様の思考形態にあることがわかり、現代社会の企業中心の見方を「企業中心主義的思考」=「ビジネスセントリズム」として捉えることとした。
トランスフォーマティブ・リサーチの1つとして、研究を実施し始めたが、グローバル化を挟んで対極にあってほとんど接点のなかった両学問が出会うことでこの ような効果が出てきたことに驚いている。