国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中国市場経済化と土地私有化にともなうモンゴル牧畜民の定着化と農牧複合の形成(2006-2008)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 児玉香菜子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

中国の市場経済化と土地私有化政策にともなうモンゴル牧畜民の定着化と農牧複合に関するフィールド調査をおこない、乾燥地に適した牧畜民の農牧複合モデルを明らかにすることが本研究の目的である。中国内陸乾燥地では市場経済化と土地私有化が進むなかで、土地荒廃が先鋭化し、その過程で生態環境に大きな負担を強いる新たな農牧複合が形成されつつある。 他方、モンゴル牧畜民は伝統的な自然認識にもとづいた土地利用を発達させてきた。また、すでに歴史時代においてモンゴル牧畜民はかれらのイニシアティヴによる農牧複合の形成をこころみていて、この農牧複合は土地への負担が少なく、土地の持続的利用を可能としていた。本研究では、モンゴル牧畜民の土地利用及び農業実践に着目し、内外の文献資料分析ならびにフィールド調査をおこない、その成果を衛星画像データー解析に活用することによって、より実証的に研究を進めることを意図している。具体的には、自然環境と社会環境の変化による土地利用変化及び中国の環境政策と生態環境の変化との因果関係を分析する。モンゴル牧畜民の伝統的な自然認識と衛星画像データー解析から、地域的特性を活かした土地利用体系をモデル化する。これらの研究成果をもとに、乾燥地における環境問題の解決に資する持続可能な開発政策を具体的に考察しようとするものである。

活動内容

◆ 2007年8月より総合地球環境学研究所へ転出

2007年度実施計画

中国内陸乾燥地に関する歴史・民族資料の収集および実地調査をおこなう。
研究調査の主要なテーマは以下の通りである。
・土地の私有化と土地所有概念の変容
・牧地利用の変遷
・牧畜民の自然認識・民族知
・環境政策
環境政策に関しては、政策立案者および地方行政担当者、政策対象家族などを対象に聞きとり調査をおこなう。
中国内モンゴル牧畜民のライフヒストリーの資料収集および翻訳、公開の準備を進める。
他方、中国内蒙古大学など当地の研究者や理工農学者をはじめとするさまざまな専門家と共同研究の場をもち、人類学だけでなく、様々な学問の成果を取り入れる。
これらの研究成果を日本文化人類学会、日本沙漠学会等で発表し、論文を学会誌に投稿する。国際シンポジウムをつうじて、研究成果の社会化に努める。

2006年度活動報告

先行研究の批判的検討およびフィールド調査から以下の研究成果を得、その一部を国際シンポジウム等で報告した。 今後も学会、論文等で随時発表する。
1.「砂漠化=過放牧」言説批判
中国内陸乾燥地における環境問題および環境政策において、「砂漠化=過放牧」言説が強く作用している。「砂漠化=過放牧」言説とは、牧畜民が家畜数を増加させて、砂漠化が引き起こすというものである。この言説にそって実施されている環境政策は、砂漠化の原因とされる家畜と牧畜民を排除するものである。
しかし、中国内モンゴル自治区において過放牧が引き起こされたのは、中国政府による移民政策によって、人口が増加し、増加した人口を養うために草原が大規模に開墾されたことによるものである。脆弱な自然環境にある開墾された草原は、干ばつの進行、土壌浸食や塩類集積により放棄された。この過程でモンゴル牧畜民の自然環境を維持管理してきた慣習や知識が失われた。環境悪化の原因を牧畜民に帰せる「砂漠化=過放牧」言説は、国家政策、グローバル化や気候変動といった社会環境および自然環境の変化という外的ファクターの存在を覆い隠し、環境破壊によって生活が破壊される牧畜民への視点を欠落させてしまうものである。
2.モンゴル牧畜民のIndigenous knowledge
自然環境と社会環境の変化を牧畜民の視点からまとめた。現場に暮らすモンゴル牧畜民を観察者として位置づけ、牧畜民の視点から気象データや統計資料を読み解く有効性が明らかになった。
次年度の課題は、牧畜民の経験知を衛星データに重ね合わせ、景観認識および自然環境の変化を読み解くこと、自然環境および社会環境の変化にともなう農牧複合の変遷と牧畜民の戦略をライフヒストリーなど聞き取り調査から明らかにすることである。