国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

物質文化からみる災害復興研究――インド西部地震にみるローカルとグローバルの接触過程(2007-2008)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 舟川(金谷)美和

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、2001年のインド西部地震の被災地となり復興過程にある、インド、グジャラート州カッチ県において、できるだけ住民の個別の復興過程によりそい、住民の声をすくいあげることで、ローカルな状況を具体的に明らかにしながら、世界銀行や国連、NGOといったグローバルな援助アクターとローカルのせめぎあいを民族誌記述することとする。中でも、災害の被災地となったローカル社会において、復興援助を契機としたグローバル社会の規範や価値との接触が行われる過程を、物質文化の分析を通して明らかにすることとする。
被災からの復興過程においては、複数の事柄が同時に起こり、また事態の変化が早いことから全体像を把握するのが困難である。政府や援助金提供団体の方針や具体的な施策、その変化やそれらを活用した復興の動きという全体を把握する必要があるが、全体像を把握することを重視しすぎると、行政やNGOの提出する報告書とさほど変わらない浅薄な記述しか得られないことになる。被災地で生じている出来事をすべて把握するのはきわめて困難であるとみなすべきである。個別具体的な個人の復興過程を明らかにしつつ、個人の具体的な経験を全体的な復興過程に位置づけるために、全体と個別の事例の結節点として、モノを分析視点に置くことにする。

活動内容

2008年度活動報告

本研究の目的は、2001年のインド西部地震の被災地となり復興過程にある、インド、グジャラート州カッチ県において、物質文化に焦点をあてて、ローカルな状況を具体的に明らかにしながら、グローバルな援助アクターとローカルのせめぎあいを民族誌記述することである。調査地は、染色産地のD村と、D村から染色業者が移住して建設したA村であり、次の二つの点について現地調査を行った。
1.移住の契機となった水質変化と、それに伴う産業形態の変化ついて調査を行った。それによって、農業用水や飲料水確保のための地下水の過揚水による地下水位の低下が生じていること、そのことが染色用の水質悪化を生じさせていること、水を共有資源とする伝統的な水の利用形態が衰退し、水を私有する形態が生じていることを明らかにした。さらに、A村では、援助を活用して、同業者組合による染色用水の共有と管理をはかり、水資源の共有形態を復活させる試みを行っていることを明らかにした。復興援助を活用して、単に震災からの復旧を目指すだけでなく、長期的な展望から住民の生活や生業によりよい復興を行いつつある点は評価することができる。
2.D村とA村の特定の工房が所蔵する、1950年代から現代までに作成された捺染用木版約1200点の調査を行った。そのことから、従来はローカルな住民の衣装や寝具に用いられていた伝統的な文様が、援助アクターのはいった1970年代より、都市向けの商品として何度も再生されたことが明らかになった。地震後には、海外の染織研究者を中心とする援助を得て、9世紀にさかのぼるグジャラート州産の捺染文様が『伝統』として再生され、さらに商品の種類と流通先が拡大した。
以上、グローバルな援助が、伝統的な水利用の復活とローカルな伝統文様の再生に繋がっている点を明らかにし、復興の現場においてグローバルな援助アクターとローカルがせめぎあい、新たなローカル文化を生成している動態を明らかにすることができた。

2007年度活動報告

本研究の目的は、2001年のインド西部地震の被災地となり復興過程にある、インド、グジャラート州カッチ県において、物質文化に焦点をあてて、ローカルな状況を具体的に明らかにしながら、グローバルな援助アクターとローカルのせめぎあいを民族誌記述することである。
調査対象は、震災後の水質変化のために染色業者たちが新村に移住をすすめている染色産地のD村である。2007年11月には、舟川晋也(京都大学農学研究科・准教授)が水質調査、金谷が人類学調査を担当して現地調査を行い、以下のことを明らかにした。
1.染色用水の利用の変化。1990年代初めまで水は、共有資源として共同利用されていたが、現在では水が私有され、水の利用権が売買されている。この変化は、震災前から生じており、おそらく飲料用水、農業用水の過揚水が原因であると考えられる。
2.水質の変化は、震災前から生じており、その原因は過揚水である。過揚水により、年々管井戸を深く掘り下げる傾向があり、鉄分を含む地層にあたった管井戸の水は、天然染料による染色に適さないようになっている。
以上の2点からわかることは、水質の変化と染色業に与える影響は、震災前から生じている変化であること、染色業者たちは、必ずしも震災による被害とは言えない窮状を打開するために、復興援助を活用したということである。被災援助の目的にそぐわないように思える援助金の活用であるが、単に被災前に復旧するのではなく、将来を見据えた復興が可能になりつつあるのは、援助アクターに対する住民の働きかけがあったからである。この事例は、災害復興援助のあり方に一つの視座を提供してくれると考える。さらに、水質の変化や水利用方法の変化に対して、伝統的な天然染料による染色技術をどのように適応させているか、自然環境の変化に応じて移住を行いつつ、伝統的な生業を維持する方法を明らかにするためにも、本研究は意義があると考える。