国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

アフリカとユーラシアに展開する宗教と商業のネットワークに関する歴史人類学的研究(2006-2008)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 三島禎子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

歴史人類学の理論と方法を用いて、人の移動にもとづく宗教と商業の相互補完的で広域なネットワークを調査することによって、「文明の衝突論」の脱構築をはかり、諸民族の持続可能な共存に寄与することをめざしている。対象とするのは、西アフリカとアジア、旧大英帝国領の南部アフリカとイギリス、東地中海半島部、南・西アジアなどの諸地域におけるイスラーム、キリスト教、ユダヤ教、仏教などの諸宗教と商業ネットワークである。
それによって、多民族共存という現代の課題に答えることができると思われる。すなわち、近代における生産中心主義の経済観に対して、移動に重点をおいた商業的経済構造の可能性を提示するとともに、現代の日本社会では危惧されがちでありながら、世界の諸地域では確固として存在基盤をもつ宗教への認識を、商業ネットワークとの不可分の関係のもとに文明の基本的要因として位置づける。

活動内容

2008年度活動報告

平成20年度は昨年度に引き続き、(1)移動が生み出す経済行為の実態に関する調査、(2)宗教ネットワークと経済行為の関連についての調査、(3)文献調査にポイントをおき、各研究分担者がそれぞれの地域で調査を実施した。
三島はアフリカの商業民ソニンケのネットワークの世界的拡大の実態を確認するために、エジプトのカイロで実地調査を行った。その結果、ソニンケのネットワークの存在は確認できなかったが、おなじマンデ系に属する民族の集団がコミュニティーを作っていることがわかった。保坂は、マレーシア・タイにおけるシク教徒を中心とする商業と民族移動の連続性について実地調査を行った。マレーシアにおけるシク教の国際会議にオブザーバーとして参加し、また、タイにおけるシク教徒の移民の歴史とその特徴について調査した。特に興味を引いた現象はインドで少数派のナーム・ダリ派がタイにおいて大きな勢力を持つ事であり、一層の調査と解明が課題となった。井野瀬は、国内での文献調査を行い、大英帝国のネットワークの理論的な解明を進めた。新免は、かつてのメッカ巡礼の二大基地のひとつであるカイロをネットワークの歴史的連続性という観点から調査した。航空機の発達によってメッカ巡礼におけるカイロの意義は低下したものの、アフリカ内部におけるネットワークの結節点としての役割はなお大きく、近代都市として現在も重要であることが認識された。
最終年度の成果として、世界レベルで経済ネットワークをもつ商人の経済活動の実態とその歴史的背景に関する知見が、ユーラシア大陸の広い地域で集積された。これにより人類の移動について発想の転換と新たな分析枠の構築につながる考察の準備が整えられた。

2007年度活動報告

平成19年度は昨年度に引き続き、(1)移動が生み出す経済行為の実態に関する調査、(2)宗教ネットワークと経済行為の関連についての調査、(3)文献調査にポイントをおき、各研究分担者がそれぞれの地域で調査を実施した。
三島は80年代におけるアフリカ商業民のアジアへの移動の中心となったタイのバンコクで、移動と経済活動に関する最新の動態を調査した。また、商業の歴史的継続性に関する比較研究の一環として、モロッコの市場の調査をおこない、サハラ以南のアフリカに広がったイスラームと市場のシステムに共通性があることを発見した。保坂は、タイへ移動したシク教のコミュニティに関する調査および資料収集をおこなったほか、他の研究助成も合わせて、中国とベトナムにおいても調査を実施した。井野瀬は奴隷貿易における人の移動に関する文献調査をおこない、大英帝国に関する帝国観に対してアフリカ側からの分析を試みた。この成果は、別紙の業績にあるとおり、すでに単著として刊行されている。新免は、地中海経済圏で重要な役割を演じていたユダヤ商人の痕跡を辿りつつ、現代の地中海経済の実状を調査した。研究の展開上、今年度はアフリカ側ではモロッコ、アラブ・ヨーロッパ双方の接点としてマルタ島において調査をおこなった。海外共同協力者のシセは、前年度の研究成果の報告をかねて来日し、古代フェニキアの故地であったレバノン出身である商人の今日的な経済活動について、われわれと有益な意見交換をおこなった。またアフリカへの中国人の経済進出の最新の情報についても報告した。
昨年度の成果に加えて、世界レベルで経済ネットワークをもつ商人についてさらなる情報と知見を得ることができた。とくにその地理的拡大と歴史的連続性をつなぐための重要な要因として宗教をとらえることによって、人類の移動について発想の転換と新たな分析枠の構築につながる考察を深めることができた。

2006年度活動報告

平成18年度の研究は、(1)移動が生み出す経済行為の実態に関する調査、(2)宗教ネットワークと経済行為の関連についての調査、(3)文献調査にポイントをおき、各研究分担者がそれぞれの地域で調査を実施した。
三島はアフリカの商業民ソニンケのネットワークの世界的拡大の実態を調査するために、人的交流を深めた。合衆国ではソニンケ出身の研究者と情報を交換し、在中国のソニンケ商人を日本での研究会に招聘した。また比較研究の一環として、トルコのクルド商人について現地調査をおこなった。予定していたレバノンでの現地調査は、イスラエルによる侵攻で現地情勢が不穏になったため、今年度は中止した。保坂はインド、スリランカにおいて、中東への出稼ぎとイスラーム化との関係を調査したほか、国内においても商業活動と宗教、宗派の関係の基礎的な資料収集や情報交換をおこなった。その成果の一部は別紙の業績にあるとおり、商業活動と宗教倫理の関係性についての考察およびシク教の世界的な発展とその商業活動との関係などに関する研究として、すでに刊行されている。井野瀬は南アフリカと大英帝国との関連について文献調査をおこない、次年度の現地調査の準備を進めた。新免は、バルカン半島地域におけるユダヤ人商人のネットワークについてトルコで調査をおこない、ムスリムからみたユダヤ商人像およびユダヤ商人のオスマン帝国における歴史的な役割の一端について考察を深めた。また海外共同研究者であるシセは、植民地時代にセネガルに移住したのち大きな経済力を持ち続けているレバノン商人の調査をおこなったほか、アフリカへの中国人の経済進出についても調査を開始した。
世界レベルで経済ネットワークをもつ商人の経済活動の実態とその歴史的背景について、多くの情報と知見を得ることができた。それによって、次年度における調査で、宗教的な要因との関連性について考察する基盤がほぼ整ったと思われる。