国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

周縁世界におけるキリスト教の展開――マレーシア先住民オラン・アスリの事例から(2006-2008)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|若手研究(スタートアップ) 代表者 信田敏宏

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究では、マレーシアのオラン・アスリ社会におけるキリスト教化の現象に焦点を当てる。マレーシア政府によるキリスト教宣教活動の制限にもかかわらず、オラン・アスリ社会では、近年、キリスト教改宗者が増加している。マレーシアにおけるキリスト教の歴史的展開を視野に入れつつ、現地調査によって、キリスト教宣教活動やキリスト教改宗者の現状を把握し、オラン・アスリのキリスト教化の実態を解明していくことが本研究の目的である。

活動内容

2008年度活動報告

1.文献研究については、あまり進展しなかった。なぜなら、マレーシアにおけるキリスト教の歴史的展開に関する文献や資料は限定されており、先住民オラン・アスリに対するキリスト教宣教についての文献はかなり数が限られているからである。新たな文献の発見があまりなく、この分野での文献研究の進展は芳しくなかった。しかし、本年度の終わりになってようやく、アジアにおける福音派キリスト教の最近の動きが書かれた論文集を入手することができた。シリーズ化されたその論文集は、アジアばかりでなく、アフリカ、ラテン・アメリカにおける福音派キリスト教の動きについても書かれている。今後の展望としては、分析枠組みをマレーシア地域に限定せず、キリスト教のグローバルな動きの中にマレーシアのキリスト教の動きを位置づけ、マクロな視点から考察および分析していく必要を感じている。
2.現地調査では、マレーシアの首都クアラ・ルンプールにおいて開催された現地NGOによる先住民の集会に参加し、マレーシア全体の先住民の現状を把握することができた。先住民運動とキリスト教の関係は、国教をイスラームとするマレーシアではグローバルな視点で考察するに値する現象であるとの認識を強く持った。フィールド調査の拠点としているマレー半島南部のヌグリ・スンビラン州のオラン・アスリ集落には、現地のキリスト教宣教師だけでなく、日本や韓国からも宣教師が訪問していることを村びとから聞くことができたが、具体的な活動までは把握しきれなかった。

2007年度活動報告

1.文献研究については、マレーシアにおけるキリスト教の歴史的展開に関する文献や資料を読み進め、特に、イギリス植民地時代以降のキリスト教宣教の歴史に焦点を絞って研究した。その結果、イスラーム教徒であるマレー人に対するキリスト教宣教はあまり行なわれず、中国系住民や先住民オラン・アスリを対象にして、キリスト教宣教が活発に行なわれていたことが確認できた。さらに、当時のイギリス植民地政府や人類学者は、原住民保護の観点から、必ずしもオラン・アスリに対するキリスト教宣教に賛成ではなかったことも確認できた。マレー半島北部のスマイというグループに対するメソディスト派による宣教史については多くの文献資料が残されており、資料も一通り入手できたので、今後は、文献研究の対象をこのグループに絞って研究を進めていくことにしたい。
2.現地調査は、サラワク州については、今年度も実現できなかったが、その代わり、植民地都市であったペナンから首都クアラ・ルンプールまでマレー半島北部を車で縦断して、キリスト教やイスラーム教に関する歴史的建造物や博物館などを視察した。キャメロン高原では、キリスト教徒になっているスマイの人びとの集落などを見て回った。フィールド調査の拠点としている南部のヌグリ・スンビラン州のオラン・アスリ集落では、昨年よりもキリスト教徒がやや増加していることを確認した。また、いくつかのオラン・アスリ集落では、キリスト教の「教会」がマレーシア政府により違法建築物として破壊されているという報道があったので、来年度は、可能ならば、そうした地域での現地調査も実施してみたい。

2006年度活動報告

1.文献資料調査については、これまで集積してきた文献資料に加えて、国内(国立民族学博物館図書室・京都大学東南アジア研究所図書館・アジア経済研究所図書館)およびシンガポール(シンガポール大学図書館・東南アジア研究所図書館)・マレーシア(マレーシア国民大学図書館・マラヤ大学図書館)で文献資料の収集を試みた。具体的には、サバ・サラワク州を含むマレーシア全体および東南アジア(場合によっては中国を含む)におけるキリスト教宣教の歴史的展開についての文献資料の収集を実施した。そして、これらの文献資料に基づいて、東南アジア、特に、マレーシアのキリスト教の歴史的展開について整理・分析する作業を進めた。
2.現地調査については、予算の関係もあり、本年度は、シンガポールとマレーシアのマレー半島部に限定した。シンガポールやマラッカなど、キリスト教宣教の歴史に関わりが深い旧殖民地都市を訪問した。また、オラン・アスリ集落への短期のフィールド・トリップ(10日程度)を試みた。
3.マレーシアにおける現地調査で確認したことは、(1)オラン・アスリばかりでなく、マレー人の間でもキリスト教宣教活動が実施されていたこと、(2)オラン・アスリのキリスト教改宗者が増加していたこと、(3)イスラーム改宗者がキリスト教へ「再改宗」した事例やキリスト教へ改宗したもののすぐに棄教してしまった事例、(4)改宗の動機は、経済的要因や病気の治療であること等々が確認された。全体的に見れば、改宗の状況は依然として流動的である。