国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

モンゴル草原の持続性における遊牧の生態学的な意義(2007-2009)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|外国人特別研究員奨励費 代表者 小長谷有紀/NAQIN(ナチン)

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、モンゴル草原の植生の持続性に対して伝統的な遊牧生産様式が果たす生態学的意義を明らかにすることにある。モンゴル高原では乾燥、寒冷な気候が卓越するため、自然植生の生産量の年々変動が大きいことがこれまでの調査で明らかである。そうした気候条件に強く依存モンゴル草原では長い歴史にわたって遊牧が営まれてきた。近年、モンゴル高原の一部の地域では政治的かつ経済的な背景により、伝統的な遊牧生産様式が衰退し、定住牧畜の推進されるようになった。そのため、年々変動の大きい自然草原の生産量に、家畜の採食行動を適合させることができなくなり、草原における植物種の多様性と生産性が全体的に低下し、場所によっては砂漠化が引き起こされている。
そこで、本研究では、「遊牧生活において人びとが家畜を移動させるという戦略を通じて、草原生産性の年々変動に柔軟に対応し、過剰な利用を避けながら草原植生の生産力を維持している」という仮説を立て、その検証を試みる。
具体的には、(1)モンゴル草原の生産性を示す衛星情報に、家畜に取り付けたGPS(全地球測位システム)で特定した放牧場所と滞在時間を解析することで、草原の一次生産と家畜の採食圧の対応性と、(2)GPSを取り付けた家畜の持ち主遊牧民に聞き取りを行い、移動の判断要因、実行する時期を明らかにすることを予定している。

活動内容

2009年度活動報告

本研究の目的は、モンゴル草原における家畜の採食圧が自然植生の生産性の時間と空間分布との対応性、それを実現するための伝統的な管理方法を調べることを通じて、草原生態系における遊牧の生態学的な意義を明らかにすることである。
21年度に実施した内容:
1.乾燥草原と森林草原の調査地に設置したGPSデータから、同じタイプの草原では、温暖な季節の日帰り放牧距離が、寒冷な季節より統計的に有意に長いことが明らかになった。温暖な季節では、家畜が歩いた分だけ新鮮な牧草を採食できることと、水場へのアクセスによって日帰り放牧距離が長くなり、逆に寒い季節では低い気温の中、歩くと体力が消耗されることと、降雪によって水制限が解消されるため、日帰り放牧の距離が短縮したと考えられる。
2.2009年8月に、乾燥草原と典型草原にて植生調査と遊牧に関する聞き取り調査を行った。群落優占種の種類が家畜の採食嗜好性を通して遊牧の形態に影響を及ぼしていることが分かった。
3.2009年8月に韓国とモンゴル国、11月に仙台(東北大学)、12月にモンゴル国(科学アカデミー植物研究所)、1月に京都(総合地球環境学研究所)と三重(三重県地球温暖化防止活動推進センター)に召集された国際会議およびワークショップにて、関連研究発表と講演を行った。
4.研究成果を共著論文の形で国際誌、モンゴル環境問題関連書籍に発表した。

2008年度活動報告

外国人特別研究員、金美善の2006年4月から2007年3月までの研究実績を報告する。
本研究の目的は、モンゴル草原における家畜の採食圧が自然植生の生産性の時間と空間分布との対応性、それを実現するための伝統的な管理方法を調べることを通じて、草原生態系における遊牧の生態学的な意義を明らかにすることである。
20年度に実施した内容:
1.2008年6月に、モンゴルの森林草原にて比較調査を行った。異なる気候と植生条件のもとで飼育する家畜の種類と、単位家畜を養うための年間遊牧距離も大きく異なる。そのため、乳製品の製造、畜産品の出荷品目をはじめ、日常的な生活の内容にも相当な差が現れ、自然環境の多様性が文化の多様性をもたらしていることを理解した。
2.乾燥草原と森林草原の調査地において、家畜の行動を追跡する目的のGPSを計16台設置したほか、遊牧の季節移動を記録してもらうことを目的に、10世帯の遊牧民に小型GPSを渡した。これまで得られたGPSデータから、同じタイプの草原では、温暖な季節の日帰り放牧距離が、寒冷な季節より統計的に有意に長いことが明らかになった。温暖な季節では、家畜が歩いた分だけ新鮮な牧草を採食できることと、日課となる水場へのアクセスによって日帰り放牧距離が長くなり、反対に寒い季節では低い気温の中、歩くと体力が消耗されることと、降雪によって水制限が解消されるため、日帰り放牧の距離が短縮したと考えられる。
3.2008年8月に、乾燥草原と典型草原にて植生調査と遊牧に関する聞き取り調査を行った。群落優占種の種類が家畜の採食嗜好性を通して遊牧の形態に影響を及ぼしていることが分かった。

2007年度活動報告

本研究の目的は、モンゴル草原における家畜の採食圧が自然植生の生産性の時間と空間分布との対応性、それを実現するための伝統的な管理方法を調べることを通じて、草原生態系における遊牧の生態学的な意義を明らかにすることである。研究目的を達成するため、19年度に実施した内容:
1.パソコンを始めとする研究に必要とする物理的な環境を整えつつ、これまで収集したデータを整理し、投稿用の論文を執筆した。
2.中国の北京師範大学が主催した国際シンポジウム"Natural Environment and Folk Geography"および中国科学院地理学と自然資源研究所、日本国立環境研究所が共催した"International Conference on Environment and Sustainable Development in the Mongolian Plateau and Surrounding Regions" にて参加し、研究報告をした。
3.植生の衛星画像から正規化植生指標(NDVI: Normalized Difference Vegetation Index)、総合地球環境研究所と奈良女子大学にて、4回にわたって講習を受けた。この講習は衛星データから草原植生の生産量を推定する手法に関するもので、本研究において、家畜移動先の植生状況を把握し、採食圧との対応性を見出すには欠かせない手法である。同様な講習を平成20年度にも継続して受ける予定である。
4.家畜の行動を追跡するためのGPS、また、GPSを取り付けた家畜を管理する遊牧民に渡す小型携帯式GPSの使用方法を検討した。平成20年度の6月にモンゴル入りし、家畜および家畜管理者用のGPSを稼働させる予定である。
上記の作業が、本研究の目的達成には重要かつ不可欠である。