国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

先史アンデス社会における権力の生成過程の研究(2007-2010)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 関雄二

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、50年間継続してきた日本のアンデス文明研究の成果を踏襲しながらも、新たな分析視点と分野横断的な手法を発掘調査(ペルー国北高地パコパンパ遺跡)に導入することにより、複合社会、いわゆる文明の成立過程を追究し、人類史の構築につなげることにある。具体的には、権力の発生と、その変貌という視点を、古代文明が成立した中央アンデス地帯の先史社会の分析に導入する。この場合、権力を生み出す基盤として、経済、軍事、イデオロギーといった権力資源を想定し、リーダー(後の支配者)がどのような資源の組み合わせと操作で、目的を完遂しようとしたのか、これに対して権力を行使される側はどのように反応したのかを明らかにしていく。なお3つの権力資源については、発掘調査、遺物分析を通して比定していく。

活動内容

2011年度実施計画

(ア)パコパンパ遺跡の景観考古学的研究(8月実施予定、15日間)
遺跡で新たに発見された建築について、建築軸や空間的配置を測量し、周辺の地形や天体運行との関連を探る。(担当 坂井正人)
(イ)GIS情報に関する作業(8月実施予定、15日間)
デジタル数値地図を入手し、それを基盤として、遺跡地形図、発掘した建物の分布図(時期別)、断面図をリンクさせる。次に、この空間データを、出土遺物に関するデータ(遺物台帳のデータ、写真、図面など)とリンクさせることで、出土遺物について位置情報を持ったデータとして管理していく。(担当 坂井正人)
(ウ)パコパンパ遺跡の発掘(7~9月実施予定、90日間)
祭祀構造物が集中する最上段(第3基壇)を集中的に発掘し、これまで明らかになった2時期の遺構の重なりについ
て、全体像を把握する。とくに昨年発見された黄金製品を含む墓周辺を発掘する。「研究協力者」(海外共同研究者)としてサン・マルコス大学教授ダニエル・モラーレス、同大学教授エルナン・アマット教授2名の協力を得る。(担当 關雄二、井口欣也、ダニエル・モラーレス、エルナン・アマット)
(エ)パコパンパ遺跡より出土する遺物の分析(7~9月実施予定、90日間)
土器および石器や骨角貝器について、「研究協力者」2名(荒田恵・中川渚 総合研究大学院大学院生)の助力を得て解析を進める。また出土人骨の形質人類学的分析も「連携研究者」(長岡朋人・聖マリアンナ医科大学講師)によって進める。さらに食性解析(担当:米田穣)のほか、家畜の導入時期とその役割、生業転換の可能性などを探るため、獣骨分析を行う(担当:鵜澤和宏)。これら自然科学的分析の一部は、他の助成金を充当して行う。
(オ)研究成果の公開
今年度中にペルー国立サン・マルコス大学出版部、およびカトリカ大学出版部より出版される論集に、本研究の成果を掲載する。また日本においても国立民族学博物館研究報告欧文篇(Senri Ethnological Studies)にて、研究成果を公表する。研究発表としては、本年5月にペルーで開催される景観考古学に関する国際シンポジウム、8月にパリで開催される国際動物考古学会議、12月に開催される古代アメリカ学会への参加を予定している(担当 關雄二・坂井正人・鵜澤和宏)。

2010年度活動報告

昨年度発見され注目を浴びた貴人墓の女性人骨および副葬品を理化学的に分析した。これにより被葬者は、当時の男性の平均身長(155cm)を遙かに上回る162cmであった点や頭蓋変形を持つ点が明らかになった。こうした異形性や、頭蓋変形自体が生後まもなく始めなくてはならないことを鑑みれば、被葬者が生まれながらに高い社会的地位を保有していたことが推測される。しかし、食性解析の結果は、同時代の他の人々と差を示していない。むしろ興味深いのは、副葬品である金製品である。蛍光X線分析の結果は、銅の混入を示し、合金という高い技術がすでに採用されていることを示唆した。またII期に出土量が多い銅製品(装飾用針、留めピン)について、製作過程を語る鉱滓を同定し、併せて鉱石とした珪孔雀石、藍銅鉱の産出地も発見することができた。総じて墓の被葬者の権力基盤は、祭祀に関わる金属生産であったことが推測された。
さらに本年度は、貴人墓周辺の発掘調査を行い、この墓が別の墓を破壊して築かれたことが明確となった。時代的に先行する墓は、文化を異にするパコパンパI期(前1200年~前800年)の終わりにあたる。これまで貴人墓が設けられたパコパンパII期(前800年~前500年)より、社会的地位の高い人物が登場するというシナリオが描かれてきたが、それ自体を見直すデータであるといえる。すなわち、権力の交代劇が紀元前800年頃に起きたと考えられることになる。

2009年度活動報告

本年度は、パコパンパ遺跡最上段にあたる第3基壇上に位置する中心的建造物内で、金製品や海産貝製品を含む副葬品をともなう墓を発見したことが特記される。墓は、これまでに明らかになった二つの時期のうち、後期に当たるパコパンパ・期の前半(B.C.800年頃)にあたると考えられ、全体の建築プランの中心軸上に位置することから、重要人物の墓であることは確実である。この発見は、本研究の目的の一つである、権力の発生を考える上で貴重なデータといえる。すなわち、希少価値の高い品や長距離交易品を副葬された墓は、当該遺跡では他に発見されておらず、これらの品や原材料の入手こそ、文明初期における社会的地位や階層の発生と関係している可能性を示唆するからである。
第2に、出土遺物の分析を実施した。石製玉製品などの石材を同定し、地質学者による産地同定調査を実施し、上記の重要人物の墓の副葬品を除けば、いずれも遺跡周辺に産地が存在することが明らかになった。これにより、遺跡の立地が、資源分布と深く関係している可能性が明らかになった。
第3に、人骨に認められる解体痕と、食糧として利用された動物骨の残る解体痕との比較を行い、その類似性から、カンニバリズムの可能性を導き出した。これが儀礼と結びつく行為であるかどうかは不明だが、戦争などの社会的葛藤が少ないという従来のイメージに変更を迫ることは間違いない。これらの成果については、メキシコ、ペルー、米国、そして日本における国際集会や学会で発表し、大きな反響が得られた。

2008年度活動報告

本年度は、第1にペルー北高地のパコパンパ遺跡周辺の測量を継続し、建築軸や空間的配置など景観考古学的考察を行った。これにより、遺跡中核部と周辺マウンドの位置関係、そこに点在する構造物の配置が、遠望できる特徴的な湖やスバルなどの星座の出現方向を基に人工的に決定されたことがわかった。とくに星座の出現方向の時間的変化と大規模な祭祀建造物の改築との相関関係を示すデータを入手した点は大きな収穫であった。
第2に、パコパンパ遺跡の最上段(第3基壇)で集中発掘を行った。この結果、形成期の2時期のうちで、I期(B.C.1300-800)にあたる建物の重層関係の把握に成功し、また従来、形成期では報告のなかった円形の建造物、そしてそれに付随する上塗りを施したベンチが検出された。方形半地下式広場も昨年に続いて調査し、その封印過程と、周辺の建築との相関関係を確認した。
第3に、出土遺物の分析を実施した。石製玉製品などの工芸品製作における道具類を同定し、発掘区毎の出土傾向を把握した。人骨については、性別・死亡年齢の推定と骨病変の観察を行い、埋葬人骨に高い頻度の齲蝕を確認した。またコラーゲン分析により、当時の人々のトウモロコシ摂取が他地域に比べ低調であったことも確認できた。さらに動物考古学的分析によれば、周辺に自生しないラクダ科動物の構成比が高いこと、海棲哺乳類の骨格製品などが検出されることなど他地域との関係を示唆するデータを得ることができた。こうした分析は、祭祀センターにおける具体的な人間の活動、リーダーの権力操作を復元する上で重要なデータとなりうる。なおこれらの成果については、ペルーと日本における3つの国際集会で発表した。

2007年度活動報告

本年度は、まず、ペルー北高地のパコパンパ遺跡周辺の測量を実施し、建築軸や空間的配置など景観考古学的考察を行った。これにより、遺跡中核部と周辺マウンドの位置関係、そこに点在する構造物の配置が、遠望できる特徴的な山の頂やスバルなどの星座の出現方向を基に人工的に決定されている可能性が高いことがわかった。大規模建築の計画性と権力の発生の相関関係を語る上で、欠かせぬデータである。なおこの点に絞った論考を、現在、ペルー国立サン・マルコス大学の雑誌に投稿中である。
第2に、パコパンパ遺跡の最上段(第3基壇)ならびに、第2基壇の一部で集中発掘を行った。この結果、第2、第3基壇を結ぶ階段を発見し、また建造物の集中する最上段の発掘では、すでに同遺跡で検証されている形成期の2時期のうちで、I期(B.C.1300-800)にあたる建物が予想以上に多く、またこれらが時間差をもって重層的に築かれたことが検出できた。また最上段の方形半地下式広場については、II期(B.C.800-500)に当たることがすでにわかっていたが、これがさらに2つのサブフェイズに細分できること、II期の後も、しばらくは祭祀機能を保ちながら、数百年間は利用されていたことが判明した。
第3に、遺跡中核部に隣接するマウンドの発掘で、I期にあたる階段や擁壁が発見され、また頂上部に浅い半地下式広場が築かれていたことがわかった。こうした成果は、冒頭で言及した建築軸の問題を補強する重要な証拠を提示した点で大きな意義を持つ。
最後になるが、石器や骨角貝器の分析、人骨の形質人類学的分析、獣骨分析を開始した。分析途中ではあるが、骨角貝器が少ないこと、剥片石器が多いこと、ラクダ科動物の導入時期が、予想以上に早い点などが明らかにされた。こうした分析は、祭祀センターにおける具体的な人間の活動、リーダーの権力操作を復元する上で重要なデータとなりうる。