中国南北の国境地域における多民族のネットワーク構築と文化の動態(2007-2009)
目的・内容
中国南北の国境地域には多くの少数民族が居住している。多くの場合、国境線をはさんで中国および中国と隣接する諸国に同一あるいは同系の民族が居住している。これを「跨境民族」と呼ぶ。本研究では、多種多様な「跨境民族」に焦点を当て、それらの民族がなぜ異なる国家に属することになったのか歴史的経緯をふまえたうえで、国境以外の地域に形成された民族コミュニティにも留意をし、中国の国境地域を中心として多民族のネットワーク構築の実態、国境地域のボーダーレス化の実態、それら民族の文化の動態について現地調査を通じた比較研究を行い解明するものである。
活動内容
2009年度活動報告
本年度は最終年度に当たり、研究の締めくくりとして、まず12月12日に国立民族学博物館で中国から招へいした僧格(西北民族大学)・何明(雲南大学)らをまじえて分担者が集結して国際シンポジウムを実施した。中国南北国境地域の比較を中心に討議が進められ、国境の開放の度合い、生業と流動性、中央政府との関係、漢文化の受容など様々な相違点が指摘された。シンポジウムでは僧格が青海省のカザフ族の政策による移動の実態、何明が中国とビルマとの通婚の実態について研究発表を行った。次に、塚田が広西で、長谷川が雲南で、松本が浙江で、吉野がタイで、楊が内モンゴルで、それぞれ4-17日間ほどの日程で締めくくりの現地調査を行った。広西のチワン族とベトナムのヌン族とは交流を行い同族意識を有するが、血縁関係者や友人など個人の関係のあり方によってネットワークに強弱が見られること、また村落内部の年齢集団による結び付きも強いことが解明された。雲南西双版納において人民共和国成立以降に建設された国営農場に多くの漢族が労働力として移住・入植した経緯、およびそれが地域のネットワークの中心となり得ることが検討された。浙江省義烏市では、内外からムスリムが集結し、彼らのネットワークが構築されていること、またムスリムの職種、コミュニティにおけるメディアや学校教育の実態、さらには宗教意識の変化などが解明された。タイのユーミエン(ヤオ)の間では、漢字テキストや儀礼など伝統文化の伝承において彼らの国内外に広がるネットワークが役割を果たしていることが解明された。内モンゴルでは、人民公社化や文化大革命などの政治運動がモンゴル族の移動と他者との交流に影響を及ぼしたことが解明された。これらの成果を広く発信するために、研究成果報告書『中国南北の国境地域における多民族のネットワーク構築と文化の動態』を刊行した。このように、シンポジウム・調査・成果報告書の刊行によって、3年間の研究を締めくくった。
2008年度活動報告
2008年9月2日・3日、中国昆明の雲南大学にて国際シンポジウム「中国辺境民族の移動・交流・文化動態」を人間文化研究機構連携研究および雲南大学民族研究院と合同で開催した。中国の国境地域における諸民族の移動、交流、ネットワーク構築の実態、それら民族の文化の動態を解明することを目的とし、日中の19名の研究者がそれぞれの観点から最新の材料を用いて報告を行った。本科研からは代表者の塚田をはじめ計4名が参加した。国境を越える民族集団の移動とその文化・アイデンティティに及ぼす影響、諸集団間の交流の実態、諸集団のネットワークの実態、最新の文化の動態に関して掘り下げた検討が行われ、新たな知見が多く得られるとともに、国境を越える民族の研究の必要性が再認識された。日中の研究者が一堂に会し、共同で討論をする機会が実現した点で、国境を越える民族の研究において画期的な意義を持つものである。なお、シンポジウムの成果として代表者の塚田らが中国語の論文集を編集し2009年3月に昆明・雲南人民出版社から刊行され、研究成果を現地に還元することができた。シンポジウムのほか、塚田が広西・ベトナムで、長谷川が雲南で、楊が内モンゴルで、吉野がタイで、それぞれ7-15日間ほどの日程で現地調査を行い、中越国境地域の民族の越境と親族ネットワークの実態、雲南のタイ族地域における寺院・僧侶・村落コミュニティをめぐる社会的諸関係とネットワーク、内モンゴル国境地域での遊牧民の避難などの越境活動の歴史的展開、ユーミエン(ヤオ)の出稼ぎ状況と国内ネットワークの組織状態を明らかにした。さらに武内はフランスの国立海外文書館で植民地期の中越国境地帯における少数民族の動向や在中国ベトナム人コミュニティに関する資料調査を行った。このように2年目に国際シンポジウムの現地での開催と成果の公開をはじめ大きな成果をあげることができた。
2007年度活動報告
本年度は中国の国境地域における多民族のネットワーク構築の実態、国境地域のボーダーレス化の実態について、予備調査を行い、問題点を整理することに重点を置いた。そのため研究代表者や研究分担者がのべ8回、1回につき約8~19日間、現地で調査と討議を行った。まず、国境を越えるネットワーク構築が進んでいる現状について、中国北部の内モンゴル自治区とモンゴル国のモンゴル族、中国南部の広西とベトナムのタイ系民族、雲南のムスリムなどで把握された。次にネットワーク構築の要因として経済・政治・宗教の多様な側面が把握された。経済的な面は最近の市場経済化以降に顕著で、ベトナムのソンラー市では、道路の整備によって交易ネットワークが激変している。経済的なネットワ-クのありようは多様である。広西チワン族はベトナム側と国境を越える交易を盛んに行うが、民族を越えた結びつきと血縁・友人関係に基づく場合がみられる。ネットワークは情報伝達の経路である。タイのヤオ族は10年前には海外への出稼ぎが多く、現在は国内出稼ぎに転化したが、その要因にネットワークに流れる情報がある。次に政策がネットワークに影響を及ぼしていることは、雲南の徳宏州で民族が国民国家に再編される過程で動員型の人口移動政策が実施されたことにみられる。さらに、宗教を要因とするネットワークについて、雲南ムスリムの省境・国境を越えるネットワークが活性化し、アラビア語学校が復興し隆盛を極めているが、それらはイスラームの復興と期を同じくしていることが把握された。なお、これらの現地調査には、海外共同研究者が全面的に協力した。海外共同研究者のうち呉偉峰(広西壮族自治区博物館館長)を3月に8日間の日程で招聘し、国立民族学博物館で国境地域の民族の文化資源に関する打ち合わせを行った。これらの成果により今年度の目的は達成されたと言える。