国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

近世以降の日本列島周辺の海域と内水面における漁撈活動からみた環境利用史(2007-2009)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 橋村修

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、近世近代以降の日本列島周辺の漁撈技術、漁場利用形態からみた海面・内水面の環境利用史を解明することを目的としている。地表面の景観の学と見なされてきた地理学の中で、漁業の歴史地理研究は、従来の地理学にない景観復原方法を提示する役割を持つ。それは、漁撈民俗、漁業史研究、民俗魚類学、民俗植物学を融合させることで、可能になる。こうした研究の方向性を、「漁撈生態史」として位置づけていく。本研究では、近世から現代までの漁撈活動、漁法、漁業技術を、明治期の水産博覧会資料、水産調査資料をベースに民俗資料も用いつつ検討する。分析対象は、内水面のシバヅケ漁、海面のシイラ漬、定置網等の集魚装置漁業(FAD(fish aggregative device))、沖合漁業、海と陸の接点に位置する魚付林となる。明治期の漁業資料の内容を民俗学や魚類学の成果と融合させることで、魚の生態と漁撈活動の関係を浮かび上がらせていく。明治期漁業資料を分析するメリットとしては、明治40年前後の漁船動力化以前の様子を記しているため近世漁業とのつながりを見出しやすい点、民俗学の聞き取りで得られた事例との結合が容易なこと、現代の東南アジアの伝統漁撈の事例と日本近代の漁撈に類似点を見出せる可能性等が挙げられる。本研究では、明治期史料や近世近代漁業絵図に比重をおきつつ、海域や内水面の環境利用の歴史、換言すれば、魚と人との関わりの歴史の解明を目指している。

活動内容

◆ 2008年4月より総合地球環境学研究所から民博へ転入

2009年度活動報告

高齢化した伝承者からの聞き取りと、失われつつある史料の発掘と保存は急務となっている。
本年度は、前年度まで取り組んできた近世近代漁業資料、水産絵図のデータ収集と現地での漁撈活動に関わる聞き取り、データ収集の補助的な調査をおこない、分析と考察をおこなった。さらに、研究の最終年度であることから、これまでの解明事項を、日本地理学会、日本民俗学会、長崎県平戸市での招待講演で口頭報告した。さらに、『南方文化』誌などの学会誌等への投稿を進めた。
調査は、鹿児島県歴史資料センター黎明館と鹿児島県内の漁協、奄美市立博物館と奄美大島の漁村、沖縄県国頭村漁協と沖縄本島の漁村などで実施した。調査は(1)近世近代水産史料調査、(2)回游魚シイラの漁撈利用調査に区分される。(1)については、奄美市立博物館において、当館に寄託されている童虎山房文庫(故・原口虎雄鹿児島大学名誉教授の蔵書)の調査をおこない、これまで学界で知られていなかった大変貴重な近世薩摩藩領内の水産史料の筆写本を閲覧、撮影し、本史料群の水産関係分の簡易目録を作成した。史料の内容分析と、さらなる調査は、今後、継続する予定である。(2)については、奄美大島と沖縄本島国頭村のシイラ利用と漁撈の調査を進め、ある一定の見通しを得ることができた。この内容を中心にして、秋季の学会で報告をおこなった。また、長崎県平戸市生月島の舘浦漁協で開催されたシイラフォーラムで主催者側から招待を受けて講演をおこない、現在、雑魚として扱われがちのシイラをめぐる古くからの文化と商業的な価値について理解を求めた。これは本研究の成果が社会的に貢献していることを意味している。

2008年度活動報告

高齢化した伝承者からの聞き取りと、失われつつある史料の発掘と保存は急務となっている。本年度は、前年度に引き続き、近世近代漁業資料、水産絵図のデータ収集と現地での漁撈活動に関わる聞き取り調査と考察をおこなった。漁業資料、水産絵図は、長崎歴史博物館、熊本大学附属図書館、鹿児島県立図書館、鹿島市立図書館、久留米市立図書館、小値賀町歴史民俗資料館、新上五島町鯨賓館、天草市教育委員会等で調査を実施した。各地に残る伝統的な漁撈調査は、有明海(熊本県、長崎県、佐賀県)、南九州において集中調査をおこない、近世近代水産史料との比較をおこなった。
4月~5月は、前年度に集積した水産資料と水産絵図に関する読解と分析を進めた。また、有明海漁業史に関わる原稿を作成し、宇土市史編纂委員会の査読を経て『新宇土市史通史編第3巻』などに掲載された。6月~10月は、これまでの研究成果をまとめる作業をおこない、2009年2月に単著『漁場利用の社会史』を刊行した。10月から3月にかけては、有明海の漁業史料調査と漁撈習俗調査を福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県でおこなった。また、南九州の漁撈資料と漁撈民俗調査を鹿児島県で実施した。2月~3月は、成果のまとめをおこない、学会誌への投稿準備を進めた。
一連の調査の結果、新上五島町鯨賓館において、当館に寄託されている奈良尾地区の東掛文書のなかに寛政期のカツオ、マグロ漁業水揚帳を、有川漁協からの当館寄託史料のなかにイルカ勘定帳などがあることを確認した。また、天草市の上田家文書の漁業史料に天草と長崎との関わりを示す内容を確認した。今後とも史料発掘と聞き取りを行うとともに、収集史料の分析を進め、過去の人々の環境利用のあり方を抽出し、現在の環境問題への提言をおこなう。