国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

移動する人々とパスポートをめぐる力学に関する文化人類学的研究(2007-2009)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 陳天璽

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究「移動する人々とパスポートをめぐる力学に関する文化人類学的研究-ディアスポラ、無国籍者、アイデンティティ」は、国境を越えて移動をする人々を研究対象としている。特に、ディアスポラや無国籍の人々に注目し、彼らがいかに発生し、そしていかなるアイデンティティを有しているのか、彼らにとって、国籍や国境が持つ意味とはなにか、また彼らのような帰属がはっきりしない個人にとって、国家とはどのような存在であり、彼らとどのような関係性にあるのか、そして、彼らが有する世界観や意識にもとづいた活動が、現代社会にどのような影響を与えてゆくのか。こうした問題を一つ一つ解明することを通じて、グローバル化時代のトランスナショナルなアイデンティティのあり方について考察することが本研究の目的である。

活動内容

2009年度活動報告

最終年度のため、研究成果の完成に向けて、出版準備として編集作業に力を入れたほか、集約的な研究分析、追加調査、資料の整理を行った。
(1)海外では、成果の発表の一貫として中国の昆明市にある雲南大学で行われた国際人類学・民族学連合会(IUAE)に参加し論文を発表した。また学会発表の後、「無戸籍」となっている子が少なからずいるといわれている海南島に赴き、昨年度に続き無戸籍者について追加調査を行った。
(2)国内では、茨城県牛久市にある東日本入国管理局に収容されている無国籍者に数回にわたり面会した。無国籍であるがゆえに強制送還先となる国がないため、収容が長期化している人が多い。こうした収容されている無国籍者のほか、仮放免され在留資格のないまま日本に暮らしている無国籍者にもインタビューを行った。彼らの法的に不安定な身分、そうしたなかの移動、身分証明書の入手方法、そのた国籍に対する考えや意識について具体的な調査、情報収集を行うことができた。
(3)研究成果公開のため出版社と打ち合わせをすべく東京へ出張した。その結果として、2008年に開催した無国籍者に関する国際フォーラム「無国籍者からみた世界―現代社会における国籍の再検討」の成果を単行本(陳天璽編『忘れられた人々 日本の「無国籍」者』明石書店)として出版することができた。同書は、フォーラムの報告内容だけではなく、専門用語の解説や資料などをつけており、関連分野で重要な資料書となるであろう。

2008年度活動報告

20年度は、研究計画をほぼ予定通り、行うことができた。
(1)国内調査について。館林、東京、横浜など数回にわけて、無国籍者の調査を行った。研究計画では、中国系や朝鮮系を対象とする予定であったが、2008年の最高裁判決や、2009年初頭国際問題としても注目されたロヒンギャなど、時事的な問題として注目された、フィリピン系やロヒンギャの人々を追跡し、インタビュー調査を行った。
(2)海外調査について。2008年8月に中国・瀋陽、12月にタイ・バンコクで調査を行った。中国では、一人っ子政策のもと、生まれてきても出生届けを出されていない「黒戸口(無戸籍者)」に関する調査を行った。中国では、現地の研究者に協力を依頼し調査を行ったが、この問題に政府がとても敏感になっており、どこまで成果として公開できるか検討が必要である。タイでは、ベトナム系の無国籍者、そしてロヒンギャへのタイ政府と対応について情報収集を行った。
(3)研究フォーラムについて。2008年11月23日、東京国連大学において、「無国籍者からみた世界―現代社会における国籍の再検討」と題する研究フォーラムを開催した。無国籍者をはじめ、弁護士、専門家などがパネリストとして議論をおこなった。200人近い一般参加者が集まり、盛況であった。
21年度は以上の成果を踏まえ、報告書の作成に尽力したいと考えている。

2007年度活動報告

19年度は、研究計画にしたがい、文献資料の収集のほか、国内調査、そして中国において「黒戸口(無戸籍者)」に関する予備調査を行った。
(1)文献資料については、本研究課題のテーマである「移動する人々」に関しては、先行研究など蓄積があることからある程度収集することができたが、本研究の他の重要なキーワードである、「パスポート」や「無国籍者」については、先行研究の蓄積が少なく文献資料も稀であった。よって、これらに関しては、各政府、研究機関の報告書などの収集に努め、場合によっては、政府担当者と個人的に連絡をとり、資料を提供していただいた。資料については、整理をおこないリスト化に努めている。
(2)文献資料の少ない無国籍者に関しては、複数回に分けて国内調査を実施し、インタビュー調査および情報収集を行った。19年度は、東海地方の住む在日ブラジル人コミュニティーを訪問したほか、特に新宿大久保に住む無国籍者に注目し調査を行った。なお、国内調査の結果については、あとの研究成果にも挙げるように、図書の一章分として5月末に出版される予定である。
(3)海外調査として、中国の黒龍江省及び海南島を訪問し、「黒戸口」に関する予備調査を行った。中国の戸籍法を収集したほか、「一人っ子政策」の影響で戸籍がないままでいる人に関する情報収集を行った。予備調査の印象としては、本問題は極めて難しい問題であるうえ、中国国内の事情もあり、調査方法・情報収集においては、細心の注意と工夫が必要である。こうしたことも念頭に置きつつ、20年度の調査では、中国国内の研究者などの協力を依頼し研究を進める予定である。