敦煌莫高窟と千仏図(2019)
目的・内容
中国甘粛省にある大型仏教遺跡の敦煌莫高窟では、多くの窟に等間隔に趺坐仏を連続させ、規則的に配色を施す図案(規則性を備える千仏図)が描かれている。この図案は莫高窟に現存する洞窟の中で最早期の造営(推定年代:五世紀前半)に位置づけられる第272窟において既に描写方法が確立しており、その後、北朝(北涼、北魏、西魏、北周)から隋・唐の時代に造営された多くの窟に踏襲されていった。莫高窟において規則性を備える千仏図ほど長きにわたり、広い面積に描かれ続けた図案は他にないが、これまでの研究では窟内を荘厳する補助的な図案として捉えられる傾向にあり、その描写方法や規則的な配色が示す役割については限定的な解釈にとどまっていた。そこで、「規則性を備える千仏図が示す視覚的特徴は石窟空間を構成する上で重要な役割を果たしている」という仮説のもとに、1)規則性を備える千仏図の描写方法の解明、2)石窟空間における規則性を備える千仏図の役割の検証、3)規則性を備える千仏図を通した莫高窟の解釈、の三点を目的に論を進める。
本書は、序論にて論点を整理した上で、第一部で莫高窟に描かれた規則性を備える千仏図の描写および配色の方法について詳細な分析をおこない、同図案は同じ配色の坐仏を斜めに連ねる視覚的特徴と、頭光と身光の配色の関係性による視覚的特徴を有することを明らかにする。そして、千仏図に仏名が残る北魏の第254窟を取り上げ、規則性を備える千仏図が有する二つの視覚的特徴が石窟空間において担う役割を論じる。第二部では、北朝前期(北涼・北魏)、西魏、北周、隋の造営時期ごとに、規則性を備える千仏図を中心として、窟形や像の配置・種類、壁画の図案や配置など各窟が有する要素を総合的に解釈し、造営時期による規則性を備える千仏図の設計や役割、造営時期ごとの石窟空間の特徴などを明らかにする。そして、終論にて、莫高窟に描かれた規則性を備える千仏図の変遷を通史的に概観し、莫高窟の造営の特徴について新規的な解釈を示すとともに、規則性を備える千仏図を介した研究の成果と展望を提示する。