国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

オセアニアにおける伝統政治と民主主義に関する人類学的研究(2008-2010)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 須藤健一

研究プロジェクト一覧

目的・内容

オセアニア島嶼国は、独立後、欧米モデルの民主主義的な政治制度を導入して国家運営を行ってきている。しかし、2006年にはソロモン諸島で暴動、フィジー諸島では4度目のクーデター、そして「平和な王国」トンガでも首都破壊の暴動が起きている。ソロモン諸島の暴動は、政治に介入する海外資本、フィジーのクーデターは首長階級の富と権力の独占に対する異議申し立てである。そしてトンガ王国の暴動は、1980年代から王・王族と貴族の政治・経済的特権に対する民主化運動、2005年の公務員のストライキと政治改革に対する政府の「不誠実な対応」を批判する民衆・平民の暴力的意思表示と解釈できる。
本研究の目的は、島嶼国における社会的混乱の政治的要因と社会・経済的背景を追求し、それぞれの国と島社会の「伝統的」政治体制を生かし、かつ国民の権利や要求が国政に反映される民主的政体のあり方を明らかにすることである。

活動内容

2010年度活動報告

独立後のオセアニア島嶼国における伝統政治と民主主義的な政治制度との軋轢と接合について明らかにすることが本研究の目的である。
本年度は、ヴァヌアツ共和国とソロモン諸島において調査を行った。
英仏共同統治領のヴァヌアツは、1980年に独立したが、分離独立運動が起きるなど、混乱した政治情勢が続いた。この背景には、西欧の文化や制度の導入を拒否する地域、部分的に受容する地域、そして積極的に受け入れる地域など、多民族・文化社会の実態が影響していた。しかし、留学経験のあるエリートたちが、キリスト教を国是として国家統一を目指し、国家運営を行っているが、一方において地方は伝統首長の権限において統治する体制を温存させている。
英国植民地のソロモン諸島は1978年に独立したが、多民族社会で国家統一には多くの問題を抱えている。1980年代から木材輸出による国家財政の安定化を進めたが、木材産出地域(州)への経済的還元がないことから、中央集権体制への反発と批判が地方から沸き起こった。具体的には、連邦制への移行、あるいは分離独立を主張する州も出てきた。2010年の総選挙では、連邦制を支持する議員が大勢を占めたが、議長の意見では、連邦制は政治家の考えでありこれから国民の合意を得るための活動が必要であり、連邦制への移行にはまだ時間がかかると述べている。
両国は独立30年を経るが、西欧の国家モデルによる国家建設を進めたが、島、地域、首長らが持つ旧来の権限・権利が依然として強く、伝統的な力を考慮した民主的政治体制の確立につとめている。

2009年度活動報告

平成21年度は、メラネシアのフランス海外領土であるニューカレドニアにおいて、先住民カナクの文化活性化活動や将来的な政治的地位に関する住民運動などについて調査を行った。数年後に独立か、現状の維持かをめぐる住民投票が予定されている。これまでも、1990年代、2004年と住民投票が計画されたが、いずれも延期されてきた。この背景には、人口22万人のうちフランス系などの白人入植者が社会経済的に主流を占め「植民地的状況」の持続を望むのに対し、人口の上では多数を占める先住民は「独立」による地位改善を求める組織的運動を展開してきたからである。先住民は、1980年代から政治的独立だけでなく、自らの文化・芸術的活動の高揚をとおしてアイデンティティの確立を強化する動きを強めている。1997年にはその運動のリーダーの名前にちなんだ「チバウ文化センター」を創設して文化活動の活性化を推進してきている。しかし、フランス植民地政府の先住民の生活水準向上政策により、先住民の中には政治的、文化的な自立よりは、現状の地位の維持を望む声が多くなっているという意見も聞かれる。先住民カナクは農村部に生活の基盤をおいており、近代的な住居や生活インフラを導入しつつあるが、政治的には首長制に基づく社会体制を維持している。
本年度調査を実施する予定であったミクロネシアでの調査は実現できなかった。それに代わって、ミクロネシアで1929年から民族学的調査に従事した芸術家土方久功の日記の翻刻と出版を行った。
2009年4月、神戸大学から民博へ転入