中国の非物質文化遺産、鐘馗画と項羽祭祀の伝承と資源化に関する人類学的研究(2008-2010)
代表者 韓敏
目的・内容
本研究課題の目的は、中国安徽省の鐘馗崇拝・鐘馗画の伝承と項羽祭祀、二つの歴史のある文化現象を対象とし、 人間神の生成とその伝承の仕組みを分析し、中国文明のありかたを解明すると同時に、ユネスコの文化遺産の理念の普及により、 いままで封建的だと否定され、ひそかに実践されてきたこれらの民間信仰がいかに地域や国の文化遺産として保存・利用されているのかを考察して、 グローバル化時代のローカライゼーションのありかたについて、国家の文化政策、地域の文化戦略、知識人と一般人の視点から検討するところにある。
活動内容
2010年度活動報告
20年度と21年度の研究成果をまとめながら、安徽省無形文化遺産として認定された「3月3覇王祭」について、2010年8月13~24日安徽省和県烏江鎮でインテンシブな人類学的現地調査を行い、行政側の担当者、学者、観光施設のスタッフ、地元の古老、一般の民衆、約40人の聞き取り調査を行った。
今年度の研究成果は主として以下の3つにまとめることができる。
1.安徽省和県と覇王祠で継続調査を行い、和県政府が安徽省級の文化遺産である「3月3覇王祭」を国家級無形文化遺産に申請していることを確認し、それについて聞き取り調査と文献調査を行った。
2.中国側の研究者、浙江師範大学音楽学院院長郭克教授、安徽師範大学音楽学院院長王自東教授と大学院生の張旭、黄娟の協力を得て、これまでに調査ができなかった烏江鎮政府、地元の龍舞会、覇王祠とのかかわりが深い地元の知識人と会うことができて、貴重な話とともに、1920年代の覇王祠の写真と文献資料を入手することができた。
3.20年度、21年度と22年度の調査を総合的にみると、無形文化遺産の認定後、覇王祭の保存に関する民間団体(たとえば龍灯会)や知識人の意識が強まり、その関連活動も徐々に増えている。文化遺産に関する政府の制度化はある程度民間の文化自覚をもたらしたといえる一方、文化遺産の申請と運営が業績化される傾向がみられ、文化遺産の所有、実践、管理と解釈をめぐって県政府、鎮政府と地元の人々の間にはずれが生じている。
現地調査の際に接した人々に日本の無形文化財の理念と実践、日本における項羽の表象を具体的に紹介し、互恵的人類学の現地調査を実践した。
2009年度活動報告
21年度において、20年度の研究と調査を踏まえ、人間神の生成、文化戦略と観光化についてその一部の成果を論文にまとめたと同時により集約的、インテンシブな人類学的現地調査を行い、歴史と現代の比較視点から、中国安徽省の非物質文化遺産の「3月3覇王祭(項羽祭祀)」と、福建省恵安県崇武村の解放軍祭祀の共通点と相違点を検討し、秦末、漢代以降の項羽伝説と現代の27名君子(解放軍)伝説、人間神の生成原理と伝承の仕組みについて考察した。また、グローバル化における項羽祭祀の観光化、歴史表象と地域の文化戦略についても調べた。
具体的に2009年7―8月において昆明で開催された国際人類学・民族学連合ICAES 第16回大会においてグローバル時代における中国の文化戦略について発表し、それについて文献情報の収集を行った。また項羽の故郷である江蘇省宿遷市の項羽廟とその周辺で項羽記憶と伝説、現代の項羽表象と項羽の観光化について調べた。調査した際に現地で接触した人々に日本の無形文化財の理念と実践、日本における項羽表象を、本、演劇などの具体例を挙げて紹介して互恵的人類学の現地調査を実践した。
2010年2月に福建省恵安県崇武村で1993年に建てられ、観光地と愛国主義教育基地として使用されている「解放軍廟」について調べた。この「解放軍廟」は1949年に地元の人々を救うために命を落とした27名解放軍兵士たちを祀る施設である。廟を建てた曾恨とその家族の間でライフヒストリー、解放軍祭祀の契機、廟を建てる時の気持ち、その後の運営と機能などについて聞き取り調査し、参詣してきた人々の祭祀行為を観察した。調査した際に、日本で知られている福建省恵安県崇武村の解放軍廟の情報を現地の人々に伝え、互恵的人類学の調査を実践した。
2008年度活動報告
上記の二つの非物質文化遺産について、二回に現地に行って政府の文化政策、知識人の参与と地元の人々の日常的実践、三つの側面から考察した。また、地元の人々と学術的交流を行い、日本の無形文化財や、博物館、端午の節句、建物の瓦における鐘馗表象について紹介した。参与観察、聞き取り調査、アンケート用紙による調査を通して下記のことを明らかにした。
1.非物質文化遺産の申請と管理は県・市・省政府によって行われている。認定後、申請した政府は認定した政府から助成金をもらう。しかし、上記の文化遺産は地元の民衆の間で非物質文化遺産としての認識が低いのが現状である。
2.鐘馗画の創作は、霊璧の絵師の間で行われ、その技法は子弟関係の中で伝承されている。近年、鍾馗画はコレクター、観光客の間で人気上昇し、値段も上がっているが、一般の人々は関心度が低い。和県の3月3覇王祭り(項羽)は男女老若の厚い信仰層によって支持されている。信仰の伝承はて家族の中で行われている。紀元前202年亡くなった項羽は、地元の人々に廟、祭り、地名・食べ物の命名、口頭伝承の形に記憶され、英雄、菩薩、神として信仰されている。
3.上記の文化遺産は、政府に観光資源として活用されている。和県の場合、台湾、日本、韓国からも観光客が訪れている。県政府は項羽祭祀をさらに国家級非物質文化遺産として申請している。
4.ユネスコの文化遺産の理念の普及により、中国の各県、市、省政府は大学と地元の有識者と組んで、地元の文化資源を調査し、その活用を企画する傾向がある。
今後、政府主体の文化遺産の申請と管理は今後民間および民間文化にどのような影響を与えていくのかを注目したい。また、中国の文化遺産の保護の実践は世界の文化遺産の伝承に貢献できる独自の実践モデルの提出が可能かどうかを見守りたい。