国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

可視化される「ナショナルヒストリー」――アジア・ヨーロッパの歴史博物館の展開と現在(2008-2010)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 寺田匡宏

研究プロジェクト一覧

目的・内容

こんにち、日本はもとよりアジア・ヨーロッパにおいて「ナショナル・ヒストリー」を展示した歴史博物館は一般的なものになっており、 人々の歴史意識に多大な影響を与えている。しかし、その現象が今日の姿をとるに至った歴史的経緯や、現在における特質については必ずしも明らかにされているとは言い難い。 そのような事情に鑑み、本研究は歴史博物館で「ナショナル・ヒストリー」がどのように展示されてきたか、そしてどのように現在展示されているかを、アジアとヨーロッパに焦点を当て、 博物館人類学的手法で研究する。
歴史博物館とは本来は目に見えない「ナショナル・ヒストリー」というものを可視化する場である。 それは、文書資料やモノ、絵画、映像というメディアを通じて見学者に伝達されるが、同時にそれが展示場という空間に配置されているということ自体によっても見学者に示される。 従来、博物館における歴史展示が論じられる際には前者の側面、すなわち「何が」に注目が為されてきた。 しかし、本研究では後者の、「どのように」に注目する。建築と展示空間のあり方は見る者の「ナショナル・ヒストリー」認識に影響を与える。 たとえば、超巨大な建築物は歴史に対する畏怖を呼び起こし、また歴史的建築物の転用は、過去と現在の一体感をより強固なものにすることが予想される。 本研究では、博物館という空間のあり方を研究の課題とすることで「ナショナル・ヒストリー」の可視化の特性を見出すことを目的とする。

活動内容

2010年度活動報告

博物館におけるナショナルヒストリー表象の特色を博物館人類学の方法で研究するため現地調査とそのデータの分析を行った。おもにヨーロッパを中心に、フランス、ドイツ、イタリア、ベトナムの歴史系の博物館においてナショナルヒストリーがどのように表象されているかを調査した。また現代展示がオープンした日本の国立歴史民俗博物館の調査も行った。
日本と海外の施設を調査することでナショナルヒストリーが博物館で表現される際の現代的動向を明らかにすることが出来た。たとえば、ベトナムのように建築・展示とも比較的伝統的な展示を行っている社会が存在する一方、昨年調査したイギリスのようにグローバルに活躍する現代建築家による大胆な展示施設を1990年代から2000年代にオープンさせた社会が存在する。またドイツ、日本のようにナショナルヒストリーを展示する歴史博物館を新しくオープンさせたり、長く未完成だった状態を終結し完成させた社会が存在する。グローバルに展開する博物館展示の動向の影響下にある社会とそれとは距離をおいた社会の違いが博物館施設という物質的な側面に影響を与え、それがナショナルヒストリーの表現にも及んでいることが明らかになった。後者においては、巨大な建築と巨大な展示空間が特徴である。これは、現代の美術館においても見られる特徴である。ナショナルヒストリーが博物館で表現される際の特徴として芸術表現とも共通する特徴が見られることも明らかになった。

2009年度活動報告

本年度は、昨年に引き続き、ヨーロッパの博物館におけるナショナル・ヒストリー表象のあり方についての現地でのデータ収集を行うとともに、昨年度行った調査のデータの分析と理論面での研究を進めた。現地調査はヨーロッパの中でも博物館に長い歴史を有するイギリスを中心に行い、昨年度の補足調査として、フランスにおいても調査を行った。
今年度のイギリスにおける調査で明らかになったことは、第一にイギリスにおける歴史博物館の位置づけである。イギリスにはナショナル・ヒストリーを専門に展示した歴史博物館は存在しない。しかし博物館が歴史を扱わないというわけではなく、歴史を扱った博物館は多数存在する。イギリスにおいてナショナル・ヒストリーは、博物館でそれとして明示されるのではなく、それら総体の存在として暗示的に存在するものであるといえる。昨年実施した調査におけるドイツやスロベニア・クロアチアなどと異なる社会におけるナショナル・ヒストリーのあり方がその背後にあるといえる。第二に、博物館と建築の関係である。ノーマン・フォスターによる大英博物館のリニューアルやダニエル・リベスキンドによる帝国戦争博物館北館の建築に顕著に見られるように、現代建築を積極的に取り入れ、より大規模でスペクタクルな空間の中で歴史が展示されている。その結果、これらは各国からの多数の観光客をふくむ観覧者を集めている。これは歴史像そのものの転換ではないが、歴史が展示される空間が変容することによって、歴史の受容のあり方が変化しているといえる。第三に、多文化主義などの現在進行している事象に関する展示が社会に存在しないということである。ナショナル・ヒストリー扱った博物館が存在しない分、社会の変化にともなう歴史表象の変化はゆっくりと進むと思われる。
本年と昨年得られた知見を元に、最終年度である来年度は研究のまとめを行う予定である。

2008年度活動報告

本年度はヨーロッパの博物館におけるナショナルヒストリー表象のあり方についてのデータ収集を行った。ヨーロッパの中でも西欧・中欧・東欧を比較するデータを収集するため、西欧ではフランス共和国とドイツ共和国、中欧ではオーストリア共和国、東欧ではスロベニア共和国とクロアチア共和国、チェコ共和国の博物館において調査を行った。
今年度明らかになった第一のことはそもそも博物館という制度によってナショナルヒストリーを表象するあり方に差異があることである。最も制度の整備が進んでいるドイツにおいては、ナショナルヒストリーを展示する国家レベルの博物館が二つ存在している。またスロベニア、クロアチアにおいてもナショナルヒストリーを展示する専門の歴史博物館が存在する。一方、フランス、オーストリア、チェコにおいては、専門の歴史博物館が存在しない。第二に博物館における歴史表象については歴史博物館以外の博物館がその役割を果たしていることである。たとえばフランスやオーストリアには専門の歴史博物館は存在しないが、それらの国々は博物館の長い歴史を有し、美術館や美術史博物館が歴史を表象する役割を担っていると思われる。これらの二つの点は、ヨーロッパ社会において歴史がどのように認識されているかが、国ないしは社会によって異なっていることを示している。次年度以降、収集したデータを分析し、その特性をさらに詳細に明らかにするとともに、アジアなど他の地域との比較を行う予定である。