国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

モンゴル・中央アジアにおける社会主義的近代化に関する比較研究(2009-2013)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 小長谷有紀

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、現代ユーランアを理解するには社会主義下の変容に関する把握が必須であるという観点から、当時の公的な「記録写真」と、ポスト社会主義の現在から語り得る私的「記憶」との、異なる2種類の資料を併用して対比的に分析し、その成果を国際的に発信するものである。具体的には、ロシア連邦ブリヤート共和国、モンゴル国、カザフスタン共和国、キルギス共和国、ウズベキスタン共和国の5ヶ国を対象とする。社会主義的近代化という共通の歴史に着目し、その実践を比較し、普遍性と個別性を明らかにして地域理解を促進する。比較研究の方法として、記録写真から当時のプロパガンダを物語(narrative)として読解する一方、写真を契機とする語り(narrative)も分析し、過去と現在の認識を共に明らかにする。写真という物質文化を援用して歴史学、文化人類学、政治学の人文系諸学の協業を果たし、更に地域差の分析に際して自然科学系諸学と連携し、新しい知見を得る。またその成果を、当該地域に関する国際的な研究中心であるケンブリッジ大学モンゴル・内陸アジア研究部で報告し、学術の国際的推進に努める。

活動内容

2013年度活動報告

本研究は、社会主義のもとで近代化が進められたユーラシア中央部を理解するために、公的な図像記録と私的な記憶を対比的に分析して、地域間比較をおこないつつ、地域研究の新たな手法を確立することを目標とした。本年度はその最終年度にあたるため、国際会議での発表等、研究成果の発信に努めた。
モンゴルについては、昨年度に引き続き農業部門の社会主義的近代化に焦点をあて、新たにオーラルヒストリーをモンゴル語、日本語、英語の3カ国語版で刊行するとともに、一般書でも解説論文を刊行した。当該資料によって、社会主義時代にどのように環境が破壊されたか、ならびに、どのようにチベット仏教が生き延びたかが明らかになった。また、広義のモンゴルのうち、西のトルグートや東のブリヤートを対象にして国境をまたぐ移動に関して収集したオーラルヒストリーを用い、エスニシティや国際関係を国際会議で論じることによって、当該資料のもつ学際的価値を証明した。
ウズベキスタンについては、新聞『東方の真実』に掲載された写真約500点を整理し、社会主義下の女性に関する表象データベースを構築した。一方、すでに収集したオーラルヒストリー資料を用いて、現代における社会主義時代との連続性と断続性を国際会議や国際学術誌で明らかにした。
クルグズスタン(キルギス)については農村コミュニティを対象に収集した口述資料を用いて、社会主義時代への評価の二面性について国内の招待講演で明らかにした。
以上のように、これまで収集した資料を公開し、それらを利用して成果を国際的に発信した。とくに、文化人類学、宗教学、国際政治学、生態学などへの貢献によって地域研究に本来内包されている学際性を強化することができたことは、方法論の構築という点で重要である。

2012年度活動報告

モンゴルについては、社会主義的近代化を代表する典型的な分野として国営農場に焦点をあて、その実態に関する資料を整理して基礎データとして刊行するとともに、農業に関連する口述資料の分析を進めた。とりわけ農業と寺院との親和性、伝統的農業との差異、環境上の問題点などに焦点をあてて、国際会議で発表し、論文を英語、モンゴル語で刊行した。なお、現代においてシャマニズムが再興されている地域もまた国営農場地帯であり、現代の文化現象がいかに社会主義時代の近代化と密接に結びついているかという歴史的関係性があきらかになった。
ウズベキスタンについては、新聞、雑誌、論文等の記事を利用し、モスクワからの政策的まなざしとその現地化を分析し、社会主義的近代化の支配的言説ならびにその現地化や現地での言説との齟齬をあきらかにした。一方、伝統的な都市コミュニティが、支配的な言説に内包された画一的な近代化に対して、柔軟な適応力を発揮したことも、オーラルヒストリーからあきらかになった。
キルギス(クルグスタン)については、農村コミュニティを対象として、イデオロギーに支配されない民間力をナラティブからあきらかにしようと試みた。
以上のように、全体として、オーラルヒストリーを有効に活用することができるとともに、オーラルヒストリー以外の写真、新聞、ポスターなど支配的な公共の言説に関するナラティブ資料も対比的にあつかうことができた。
また、地域間比較としては、カザフスタンとモンゴル、モンゴルとブリヤート・モンゴルについて比較考察した。

2011年度活動報告

ユーラシアの現在を理解するうえで欠かすことのできない、社会主義時代の近代的変容について把握するために、過去の公的な記録写真や新聞記事(プロパガンダ・ナラティブ)と、それらに関する人びとの思い出の想起(記憶ナラティブ)など多角的な「語り」を収集し、比較考察した。
平成23年度は第3年度として以下のような作業を行った。
1.モンゴルについては、学術文化行政に関する口述史に加えて、宗教に関する口述史を収集し、モンゴル語をテキスト化し、日本語に翻訳した。平成24年度ならびに平成25年度内に刊行する予定である。
2.ブリヤートモンゴルについては、宗教に関する資料を分析し、論文を発表し、著書に反映させた。
3.ウズベキスタンについては、写真資料に関する資料を分析し、論文、著書を英語でも発表した。
4.カザフスタンについては、口述史を活用し、モンゴルと比較して、論文を発表した。
5.キルギスタンについては、生活変容に関する資料を分析した。また、映画「明かりを灯す人」の解説を担当して学術的成果の普及につとめた。
6.これらの研究成果の一部を、学術一般書にまとめて刊行した。
7.別途、費用を得て、中国内蒙古に関する口述史を英訳して刊行した。また、モンゴルに関する口述史の英訳作業を続行した。平成24年度内に刊行する予定である。
中央アジアおよび東北アジアでは、すでにポスト移行期とよびうる段階に入り、社会主義時代の記憶も具体的かつ個別的なナラティブから抽象化された支配的言説(マスター・ナラティブ)に変容しつつあることがわかった。そのため、現段階で収集しうる口述史はおそらく社会主義時代に関する最後のものとして現代史の貴重な資料となるだろう。

2010年度活動報告

ユーラシアの現在を理解するうえで欠かすことのできない、社会主義時代の近代的変容について把握するために、過去の公的な記録写真や新聞記事(プロパガンダ・ナラティブ)、それらに関する人々の思い出の想起(記憶ナラティブ)など多角的な語りを収集し、比較考察した。平成22年度は、以下のような作業を行った。
1.モンゴルについては、初年度に引き続き、学術文化行政に関する口述史を集め、テキスト化し、翻訳した。
2.ブリヤートモンゴルについては、初年度、ロシア・ブリヤート共和国で収集した社会主義時代の写真資料と文献資料について分析した。また、モンゴル国ウランバートル市において補足的な資料収集の調査も行った。
3.ウズベキスタンについては、1920年代の女性解放運動を具体的な素材として社会主義的近代化について考察するため、この運動に関する先行研究のレビューを主たる目的として、論文執筆した。また、ウズベキスタンにおいて写真資料についての現状調査ならびに女性解放運動の記憶をめぐる試験的なインタビューを継続し、インタビューのテープ起こしを行い、その一部の翻訳を行った。
4.キルギスタンについては、連携研究者に依頼し社会主義時代からポスト社会主義時代への移行に伴う農村地域の変容に関する社会人類学的な調査を行った。
中央および東北アジアのポスト社会主義諸国が現在抱えている問題は、社会主義時代の変容ときわめて密接な関係があり、かつ地域によって明確な違いがある。ほぼ同一の社会主義的近代化プログラムが国境を越えて実施されていたにもかかわらず、それらの実施時点で地域的偏差があり、その多様性が現在の際の源になっていることが具体的に明らかになった。

2009年度活動報告

ユーラシアの現在を理解するうえで欠かすことのできない、社会主義時代の近代的変容について把握するために、過去の公的な記録写真や新聞記事(プロパガンダ・ナラティブ)、それらに関する人びとの思い出の想起(記憶ナラティブ)など多角的な語りを収集し、比較考察した。平成21年度は初年度として、以下のような作業を行った。
1.モンゴルについては、学術文化行政に関する口述史を集め、テキスト化し、翻訳した。
2.ブリヤートモンゴルについては、資料の所在等を把握するために、現地調査を行った。その結果に基づき、2010年度に資料を収集する予定である。
3.ウズベキスタンについては、既存の調査結果に基づいて、別途費用を工面し、写真資料を入手した。また、写真資料に対応する新聞記事等の文献史料に関して現地調査を行った。
4.カザフスタンについては、連携研究者に依頼して資料を収集してもらい、研究代表者が分析に寄与した。なお、キルギスタンについては2010年度より資料の収集と分析を行う予定である。
5.研究成果の一部を、国立民族学博物館で行われた国際学術会議「Narratives of Socialist Modernities in Former and Current Socialist Countries」で発表した。また、国立民族学博物館で行われたカザフ映画上映会でも一般に向けて紹介に供した。
6.先年度の国際会議の口頭発表を論文として投稿し、査読を経た。2010年度上半期に刊行される予定である。
中央および東北アジアのポスト社会主義諸国が現在抱えている問題は、社会主義時代の変容ときわめて密接な関係があり、かつ地域によって明確な違いがある。ほぼ同一の社会主義的近代化プログラムが国境を越えて実施されていたにもかかわらず、それらの実施時点で地域的偏差があり、その多様性が現在の差異の源となっていることが具体的に明らかになった。