国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

熱帯地域における農民の家畜利用に関する環境史的研究(2009-2012)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(A) 代表者 池谷和信

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究では、熱帯地域における農民の家畜飼育をめぐる資源利用に注目することで、過去100年間における資源利用の変化を環境史的に把握することを目的とする。具体的には、東南アジア、南アジア、アフリカという3つの熱帯地域を対象にして、ブタ、ニワトリ、ウシ、水牛、アヒルなどの「家畜利用に関与する資源利用図」を作成することを通して、その利用の現状およびその歴史的変遷を明らかにするものである。また、家畜生産システムは、「移動型」、「(日帰り)放牧型」、「舎飼い型」の3つに分類し、家畜飼育空間の拡大の仕方が異なるという仮定のもとに対象地域を位置づける。本研究を通じて、農民の家畜利用はどのような特性を持ってきたものであるのか。また、彼らの家畜のなかで、在来家畜と思われていたものも、歴史を検討することで、実は近年になって定着したものも多いことを明らかにする。本研究では、これまで基礎資料がほとんどなかった農民の家畜利用の事例を通じて、新たな「熱帯家畜文化学」を構築することをめざす。また、農地と放牧地が共存できる新たな土地利用のための動態モデルを提示する。

活動内容

2012年度実施計画

まず平成23年6月において、研究メンバー全員が国立民族学博物館に集まり、研究成果をまとめた論文集の刊行に向けた中身の検討を行う。本プロジェクトは、各個人の研究は蓄積されてきたが、組織全体としての統合がまだまだ不十分であるため、家畜利用や環境史や在来家畜などのキー概念が議論されるであろう。とりわけ、今回の中心的な研究成果として「モンスーンアジアの家畜文化複合」の概念の持つ意義について検討する予定である。
まず、アフリカの農民は、池谷と佐藤と上田が担当する。池谷(移動型)は、ボツワナおよびナイジェリアの農村を対象にして、地域社会のなかで最も社会経済的に重要なウシに注目して、彼らの放牧資源利用の形を示す地図を作成する。佐藤(放牧型)は、エチオピア国家の周辺に位置する焼畑農村を調査地に選定して、地域社会のあり方の違いを明らかにする。上田(舎飼い型)は、ケニア西部の農民の家畜飼育や資源利用に注目し、農民の家畜利用を生業全体のなかで位置づける。
次に、南アジアでは、池谷・上羽・篠田が担当する。池谷(移動型)は、バングラデシュでの農民のブタ遊牧におけるブタ群の移動ルートを跡づけることを行ない、遊牧を成立させている条件の維持を考察する。上羽(移動型)は、ネパール東部地域で、羊の毛の加工技術やウシ放牧の資源利用を示す地図の作成に努める。篠田(放牧型)は、インド・グジャラート州での水牛やウシの利用実態とその変化について調査を進めていく。渡辺和之(立命館大学)(舎飼い型)は、ネパール西部のヒンドゥー社会にみられるブタの伝統的飼養のあり方に注目する。
東南アジアの農村は、高井が担当する。高井(放牧型)は、タイ国内での水牛の調査を継続し、山地の土地利用の一つとして水牛の放牧地の地図を作成する。以上のように、本研究による成果をすみやかにまとめて、本研究の事例の持つ理論的な位置づけについて論議すること、さらには国際シンポジウムを開催すること、および論文集としての刊行する。
【連携研究者】
増野高司、辻貴志((国立民族学博物館・外来研究員)は、フィリピンの海岸部において漁民がおこなう農業および家畜利用の容積について研究する。
【研究協力者】
中井信介(国立民族学博物館・外来研究員)家畜の飼養形態を強く意識しながら、(放牧型)は、タイやラオスにおいて、ブタを中心とする家畜飼育に関する調査を実施する。

2011年度活動報告

本年度は、アジア・アフリカの熱帯地域における農民の家畜利用に関して、バングラデシュ(池谷)、タイ北部(中井)、フィリピン・パラワン島(増野、辻)、ラオス北部(高井)、インド(篠田)、ネパール東部(渡辺、上羽)、エチオピア(佐藤)、ケニア西部(上田)、日本・沖縄本島地方(黒澤、増野)などの豚、水牛、牛、アヒル、ヤギなどの家畜種を対象にした現地調査を通して、家畜生産技術・飼育形態・畜産物の流通などの3つの側面が総合的に把握された。また、イノシシは一般には野生動物であるが、近年、その飼育が沖縄本島を中心にして広くみられることがわかり、昨年度に引き続いての調査が行われた。
これまで、本研究のような農民を対象にした家畜飼育・家畜流通に関する詳細な記述・分析があまりみられないこともあって、科研のメンバーを中心にして『季刊民族学136号』で特集を組むことによって従来の農民像に対する新たな見方や、牧畜民とは異なる農民による家畜飼育の特徴を具体的に提示した。そこでは、熱帯の農民の家畜利用のみならず、温帯地域である東北地方の牛の放牧や宮崎県で起こった口蹄疫などの問題も扱っている。また、これらの家畜・人関係は、ユーラシア大陸のなかでユニークなものであり、モンスーンアジアとそれ以外という比較の枠組みを提示できた。今後、熱帯のモンスーンアジアにおける家畜飼育の特徴がさらに明らかにされることであろう。

2010年度活動報告

本年度は、アジア・アフリカの熱帯地域における農民の家畜利用に関して、バングラデシュ(池谷)、タイ(中井)、フィリピン(増野、辻)、ラオス(高井)、インド(篠田)、ネパール(渡辺、上羽)、エチオピア(佐藤)、ケニア(上田)、日本・沖縄地方(黒澤・増野)などの豚、水牛、牛、アヒル、ヤギなどの家畜種を対象にした現地調査を通して、家畜生産技術・飼育形態・畜産物の流通などの3つの側面が総合的に把握された。なお、イノシシは野生動物であるが、その飼育が沖縄本島を中心にして広くみられることがわかり、本研究の対象とした。
これまで、本研究のような農民を対象にした家畜飼育・家畜流通に関する詳細な記述・分析があまりみられないこともあって、これらの調査結果を加えることで従来の農民像に対する新たな見方や、牧畜民とは異なる農民による家畜飼育の特徴を具体的に提示した。同時に、家畜の飼育形態の環境史に注目することから、遊牧、放牧、舎飼いなどに至る形態の違いがどのような要因が関与して生まれてきたのか、その変容モデルの構築が試みられた。
具体的には、水牛の飼育を事例にしてみると、インドやネパールにおいて商業的飼育と伝統的飼育とが混在しており、両者のあいだに飼育形態や流通システムの違いが認められた。また、豚の伝統的飼育のなかで舎飼いか遊牧かの形態の違いには、放牧可能な餌資源にアクセス可能かの有無、管理施設にかかる費用の問題が深く関与していた。

2009年度活動報告

本年度は、アジア・アフリカの熱帯地域における農民の家畜利用に関して、バングラデシュ(池谷)、タイ(中井、増野)、ラオス(高井)、インド(篠田、上羽、天野、黒澤)、ネパール(渡辺)、エチオピア(佐藤)、ケニア(上田)、ボツワナ(池谷)などの豚、水牛、牛、ラクダなどの家畜種を対象にした現地調査を通して、家畜生産技術・飼育形態・畜産物の流通などの側面が総合的に把握された。これまで、本研究のような農民を対象にした家畜飼育・家畜流通に関する詳細な記述・分析があまりみられないこともあって、これらの調査結果を加えることで従来の農民像に対する新たな見方や、牧畜民とは異なる農民による家畜飼育の特徴を提示した。同時に、家畜の飼育形態の歴史的変遷に注目することから、遊牧、放牧、舎飼いなどに至る形態の違いがどのような生態的経済的要因が関与して生まれてきたのか、その動態モデルの構築が試みられた。
具体的には、養豚を事例にしてみると、インドやバングラデシュにおいて商業的養豚と伝統的養豚とが混在しており、両者のあいだに飼育形態や流通システムの違いが認められた。また、伝統的養豚の場合、コブタを購入して飼育する場合とブタの繁殖を管理してコブタを生産する場合とに分かれており、それらの違いは家畜文化のあり方の違いに起因していることが明らかになった。さらに、舎飼いか放牧かの形態の違いには、放牧可能な餌資源が得られるかの有無、人工的な餌や管理施設にかかる費用の問題が深く関与していた。