台湾原住民族の民族分類と再編に関する人類学的研究:学術、制度、当事者の相互作用(2010-2013)
目的・内容
本研究の目的は、1.台湾のオーストロネシア系先住諸民族(「原住民族」)が台湾の日本統治期(1895-1945年)に複数の民族集団へと分類されてきた歴史的背景を明らかにする、2.現在の台湾社会における民族認定の様相とそれにもとづく民族集団の再編に、従前の歴史的背景がどのような影響を与えているかを現地調査によって明らかにする、3.1と2の結果にもとづき、民族の分類という営為をめぐる先住民族、先住民族含む現地社会、および分類を行ってきた施政者や研究者の関係についての人類学的モデルを引き出す、以上の3点である。
日本統治期に収集された学術資料の分析と再評価を現地調査と連結させて行い、既存の歴史資料のデータとしての質を高める。その上で、当事者たる原住民族自身が民族分類に対して有してきた認識のありかたにせまり、学術、制度、当事者の相互作用の動態を明らかにすることを狙う。
活動内容
2013年度活動報告
本年度は当初研究計画に沿った捕捉調査ならびに研究活動の総括を行った。野林(代表者)は物質文化とエスニシティとの関係についての現地捕捉調査を実施し、本研究課題の実施期間中に収集したデータを活用した論文の発表ならびに一般社会への研究成果公開の一環として所属する機関において企画展「台湾平埔族の歴史と文化」を企画実施した。これに関連し、台湾より平埔族ならびに展示担当のキュレーターを招聘し、研究と展示評価に関わるワークショップを開催するとともに、平埔族のエスニシティ表象を主題とする映像番組の製作を行った。森口は本研究課題の実施期間中に収集したデータを活用し、原住民族の主要言語のうちのブヌン語、ヤミ語の辞書編纂の基礎作業を行った。松岡は本研究課題の実施期間中に収集したデータを活用し、民族概念、他者および自己の分類について整理し、身分の制度的側面とエスニシティとの関係論の構築を行った。笠原は原住民族の新規認定と日本統治以前のヨーロッパ人による分類、明治期、大正期の日本統治時代の分類との関係を検証し、原住民族分類の歴史論を総括した。宮岡は本研究課題の実施期間中に収集したデータを活用し、民族集団のマクロ性(民族分類)とミクロ性(当事者意識)とを接合させるエスニシティ論の構築を行った。また、研究計画参加者全員で、現地における原住民族の文化研究の中核機関の一つである国立政治大学(台湾台北市)で開催された「原住民族研究フォーラム」(2013.08.27開催)に参加し、台湾の研究者ならび当事者である原住民族の人々と民族分類に関する研究の総括となる議論を行った。
以上の研究活動にもとづき、研究分担者全員が本研究課題の成果として論集『台湾原住民研究の射程ー接合される過去と現代』(野林厚志主編)に総括的論考を寄稿し現地台湾において刊行する予定である(2014.06)。
2012年度活動報告
本年度は研究計画にしたがい、研究代表者ならびに研究分担者はそれぞれの担当項目に関する現地調査を実施した。これらの成果は同課題名と同じ標題の中間報告書としてまとめ、電子ファイル化(PDF・A4版・122頁)し関連諸分野の内外の研究者に配信した。従来の科学研究費補助金による研究成果は終了年度に紙媒体による研究報告書をまとめるものが多かったが、本課題では中間時の成果を公開し、他の研究者による批判的検討により議論をきたえ、後半の研究活動をより洗練していくことを企図した。
代表者、分担者の協働した研究活動としては、平成24年7月に台湾から現地研究協力者を招聘し、国立民族学博物館における日本統治時代に台湾で収集された衣類資料の調査と分析、その結果に関わるワークショップを実施し、12月には当該研究課題である原住民族の分類の歴史性と現代の表象に関わるワークショップを現地研究協力者を招聘して福岡大学で実施した。また、代表者、分担者ともに、4月には天理大学で開催された国際学術シンポジウム「台湾原住民の音楽と文化」に、8月には台湾の台北科技大学・台湾原住民族文化園区において開催された国際シンポジウムである第5回台日原住民族研究論壇に出席し、発表者、議長、コメンテーターを、内外の研究者の参加する複数のセッションでつとめ、研究情報の交換や成果の国際的な公開を行った。従来の科学研究費補助金による研究活動は、代表者、分担者が個別に国際シンポジウム等に参加するものが多いが、当該課題では各人のそうした研究活動に加えて、研究課題の参加者がそれぞれの成果を相補させながら外部研究者ともに議論をねりあげる機会を意図的に増やし、海外学術調査の特徴を活かした実績を当該年度はとくに強化した。
2011年度活動報告
本年度は当初研究計画に沿った調査、研究を実施した。野林(代表者)は原住民族社会における現代の工芸品制作とエスニシティとの関係についての現地調査を実施するとともに、国立台湾大学、国立台湾博物館における日本統治時代の民族資料の内容調査を行った。森口は、日本統治時代における言語学研究の行われた背景に関する文献渉猟を行うとともに、台湾、フィリピンにおいて言語変容に関わる基礎資料の収集調査を行った。松岡は日本統治時代における公的な分類実践と関連の深い戸籍制度に関わる資料の収集調査を行った。笠原は国内外の諸機関において、特に1880-1890年代の文献渉猟を行い、それに基づく初期の原住民族分類についての所見をまとめた。宮岡は、伝統、慣習行事とエスニシティとの関係について、伝統祭祀(ツォウ族/マヤスヴィ)が「重要民俗」に指定された経緯等に関する基礎資料の収集調査を行った。これらの調査、研究からは本研究計画の主要な課題である、日本統治時代の民族分類と現代におけるエスニシティの覚醒から派生している民族分類との連続性や変化を考察していくうえで不可欠となる基礎データが得られた。また、研究計画参加者全員で、現地における原住民族の文化研究の中核機関である国立台湾史前文化博物館(台湾台東市)において、戦後における原住民族社会の変容に関するワークショップ(2012.01)を開催し、台湾の研究者ならび当事者である原住民族の人々と民族分類に関する議論の場を設けた。日本統治時代と現在とを連結させて考えていくうえで、不可欠となる1970年代から80年代にかけての当事者の民族意識やエスニシティに関する基本的なデータを、従来の聞き取り中心の調査から双方的な議論を通した手法によって収集することができ、その内容についての議論を当事者とともに同時に行うことに成功した。
2010年度活動報告
本年度は当初の研究計画にしたがい、1.政府関係諸機関の関係者、大学、博物館等の研究者を対象としたヒアリング調査。2.日本統治期の研究や学術資料の精査。3.次年度以降に本格的に開始する現地調査の予備調査を行った。具体的には以下の通りである。
1.については、野林、宮岡、笠原が行政院原住民族委員会主任委員(日本では庁長官に相当)ならびに関係者、国立政治大学民族学系、国立台湾大学考古人類学系、国立台湾史前文化博物館等の研究機関の所属する研究者を対象としたヒアリング調査を行い。民族分類の問題を把握するための基礎資料を収集した。
2.については、笠原が台湾学界で植民地治時代の日本人研究者を再評価する動きが活発化していることに鑑み、それに応じて日本側の資料提供、見解発表、助言などを行いながら、資料の精査を比較の視点をもって行った。野林は国立台湾博物館、国立台湾大学人類学博物館、東京国立博物館、民博の収蔵資料について予備的な調査を実施し、物質文化の分類と民族の分類との間で生じる矛盾点ならびに、そこから考察される民族間関係(交易、技術の移転等)について次年度以降の調査の課題となる知見を得た。森口は合衆国において台北帝国大学人類学科の創始者である移川子之蔵の滞米中の学問的業績およびその足跡を調査した。
3.については、宮岡が原住民族の伝統領域を課題とした研究動向に関する調査を当事者である原住民族の人々も含めて実施し関係資料を収集した。森口は台湾の南投縣地域のブヌン族の言語調査(テキスト記録と文法関係)とフィリピン・マニラにおいて台湾・蘭嶼ヤミ族と同系統のバシー海峡の言語の調査(テキスト記録と辞書の編纂)を行った。