国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旧スペイン領南米における集住政策と先住民社会へのその影響の地域間比較(2010-2012)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 齋藤晃

研究プロジェクト一覧

目的・内容

16世紀初めから19世紀初めまで続いたスペインによる植民地統治は、南米の先住民社会を大きく変えたが、スペインが実施した諸政策のうち、集住政策ほど甚大な影響を及ぼしたものはない。広範囲に分散する集落を、計画的に造られた町に統合するこの政策は、植民地全土で実施されたが、在来の居住形態、社会組織、権力関係、アイデンティティを変革し、今日の先住民共同体の基盤を形成したと考えられる。しかし、従来の研究は地域的に限定されたものがほとんどで、この政策の評価も「成功」と「失敗」の両極を揺れ動いている。本研究は、南米の広い地域の事例を比較することで、集住政策の歴史的意義を総合的に解明する。

活動内容

2012年度活動報告

第54回国際アメリカニスト会議の一環として、7月20日、ウィーン大学(オーストリア)において「スペイン領南米における集住政策と先住民社会へのその効果」と題する国際シンポジウムを開催した。このシンポジウムでは、海外共同研究者を含めたメンバーが一堂に会し、研究成果を発表し、議論を交わした。従来の研究では、集住政策は南米の先住民の社会と文化を全面的に否定し、ヨーロッパの制度や価値を強制するものとみなされてきた。そして、その効果はもっぱら攪乱や破壊などの否定的なものだったと考えられてきた。それに対して、このシンポジウムでは、さまざまな事例の検討を通じて、次の2点を明らかにした。
1.先住民が集住政策の客体から主体に転身し、本来抑圧的な制度を飼い慣らし、支配と被支配の狭間で自分たちの利益を追求したこと。
2.集住政策により先住民に押しつけられた制度や価値が、在来の制度や価値と予想外のかたちで接合し、そこから社会の再編と文化の再生の複雑なプロセスが生じたこと。
8月7日から10日にかけて、サン・イグナシオ・デ・ベラスコ(ボリビア)で開催された第14回国際イエズス会ミッション会議に齋藤晃と武田和久が参加し、辺境地域の修道会の集住政策について報告を行った。また、8月26日と9月3日、リマ(ペルー)の教皇庁立ペルーカトリカ大学において、ペルー在住の海外共同研究者の参加を得て、アンデス南部とボリビア東部の集住政策に焦点を当てた公開セミナーを開催した。国内では、6月30日と12月27日、国立民族学博物館において、国内メンバーによる研究会を開催した。
これまでの研究の最終成果として、スペイン語の論文集を刊行すべく、準備を進めた。この論文集は教皇庁立ペルーカトリカ大学出版会から刊行される予定である。

2011年度活動報告

8月16日と17日、ブエノスアイレス(アルゼンチン)のサルタ州会館において、国立サンマルティン大学社会科学高等研究所と国立民族学博物館の共催で、「植民地期南米辺境における在来の伝統とミッション文化―比較の展望へ向けて」と題する国際シンポジウムを開催した。このシンポジウムでは、17世紀以降スペイン領南米の辺境地域でカトリックの修道会が推進したミッション建設事業に焦点を当て、アマゾンやチャコ、ラプラタ、チリなどの事例を比較・検討した。その成果は以下の2点にまとめられる。
1.ミッション研究の今後の課題を明確にすることができた。具体的には、個々のミッションや個々の布教区の特徴の解明、ミッションにおける社会・文化的多様性の解明、ミッション内部の「キリスト教徒」と外部の「異教徒」の関係の解明、複数のミッション間の人・モノ・情報の移動の解明などである。これらの課題はいずれも、従来の均質的・閉鎖的・調和的なミッション像を刷新する新たな視点を内包している。
2.異なる地域のミッション研究に従事している研究者のあいだの交流を促すことができた。とりわけ、スペイン領の研究者とポルトガル領の研究者のあいだの意見交換の場を創出することができた。
9月11日、リマ(ペルー)の教皇庁立ペルーカトリカ大学において、ペルー在住の海外共同研究者の参加を得て、アンデス地域の集住政策に焦点を当てた研究会を開催した。また、7月23日と12月25日には、国立民族学博物館において、国内メンバーのみで研究会を開催した。これらの研究会では、各人が研究の進捗状況と最新の成果を報告し、議論を通じて問題意識を共有した。
南米諸国、およびスペインにおける文書館調査も予定どおり実施した。各人がそれぞれ、調査対象地域の集住政策の実態を解明すべく、関連する史料を探索し、収集した。

2010年度活動報告

平成22年9月7日と8日、ペルーの首都リマの教皇庁立ペルーカトリカ大学において「先住民の集住化-比較の視点」と題する国際シンポジウムを開催した。報告者11名、コメンテーター7名、出席者約60名の学術会議であり、報告や質疑はすべてスペイン語でおこなった。このシンポジウムにより、以下の共通認識が得られた。
1.スペイン統治下の社会と文化の再編において集住政策がきわめて重要な役割を果たしたこと。
2.地域間の共通点と相違点を明らかにするため、比較の視点が有効であること。
3.集住政策に関与した人びとのあいだの利害対立や駆け引きが、政策のゆくえを大きく左右したこと。
このシンポジウムは海外共同研究者を含めて研究チームのメンバー全員が一堂に会する最初の機会であり、意見交換を通じて今後の研究の方向性を明確にすることができた。
平成22年9月中旬、齋藤、網野、溝田の3名はペルー中部山岳地域のワマンガ地方においてフィールド調査をおこなった。集住化により造られた先住民の町のうち、現存するものを訪れて、現状を視察するとともに、植民地時代の巡察記録を参照し、持続と変化を確認した。
平成22年夏にはまた、国内メンバーがペルーやスペインの文書館で史料調査をおこなった。そして、帰国後、収集した史料を整理・解読・分析し、国内研究会でその暫定的成果を提示した。その結果、それぞれの専門地域において、どこにいくつの町が造られ、どのような人びとがそこに集められたかが、断片的ではあるが、浮かび上がってきた。