東南アジア大陸部におけるコミュニティ運動(2011-2013)
目的・内容
本研究の目的は、近年、東南アジアにおいて勃興しつつある新しいタイプのコミュニティ(共同体)の実態を運動の視点から捉えることによって、そこに参加する人々の現在と未来に向けた想像力、情動、および社会変革のイメージと、それを実現しようとする関係性、組織や手段を人類学的に解明することである。本研究では、特に宗教、環境や医療などに注目しながら、人々がコミュニティに参加し、あるいはコミュニティを作り上げながら、いかに〈生〉の多様な局面に関わる社会変革を志向していくかを明らかにする。そこでは、コミュニティが異質な勢力、制度や集団との組み合わせ〈アセンブレッジ〉のなかで接合していく実態を描きだすとともに、その過程において創出される共同性、価値や倫理の様態を解明することが目指される。
本研究は、以上を主要な参照点としながら、タイを中心とした東南アジア大陸部におけるコミュニティ運動について、海外共同研究者との共同作業をとおして各地の事例を調査することにより、明らかにしようとするものである。
活動内容
2013年度活動報告
最終年度である本年度は、過去2年間の調査研究実績を検討し、まず欠落・不足している項目・データの補充調査を行った。また報告書作成に向けて、新しいコミュニティ運動の実態を各事例にそって検討し、統合的な視点を得るためにシンポジウムを開催した。
1.代表者田辺は、北タイの仏教的ユートピア運動では、男性隠者や女性修行者たちが社会的、仏教的秩序の外に身をおいて自らを生成変化させながら新たなコミュニティを構成していることを明らかにした。
2.松田は、チェンマイ県の農村コミュニティと隣接するリゾートとの間の水利用をめぐる対立をとりあげ、上からの「統治」に対し、下からの生活主義的思想の可能性を追究した。
3.西井は、ビルマ国境メーソットにおける草の根イスラーム主義・ダッワ運動の調査から、ムスリム・コミュニティがビルマ人プロダッワ派とタイ人アンチダッワ派によって構成されることを明らかにした。
4.平井は、チェンマイのコミュニティ博物館を調査し、博物館活動と、90年代以降の観光開発の進展、産業構造の変動、地域主導の開発の推進等との関係を明らかにした。
5.阿部は、カンボジア・パイリン市における、公立学校、元仏教僧による私立学校、キリスト教私立学校の競合状況の調査から、各学校の運営の特徴や生徒獲得戦略を明らかにした。
6.古谷は、チェンマイの民間医療復興運動に焦点をあて、民間治療師グループ・ネットワークの形成過程・活動を調査し、治療師たちの実践と経験を明らかにした。
7.岡部は、「北タイ・コミュニティ開発僧ネットワーク」の調査から、運動内部で伝達・共有される知識と僧侶個人の実践との関係を明らかにした。
また平成26年3月7-8日には、チェンマイ市ランナー・リゾートにて、海外共同研究者と外部コメンテータとを招いた総括シンポジウムを開催し、各メンバーの研究成果報告を比較検討し、新しいコミュニティ運動の全体像の描出に努めた。
2012年度活動報告
本年度は、運動をとおしてコミュニティ内部で形成されつつある新たな共同性に注目して調査を行い、そうした共同性を支えている価値や倫理の内容を把握することを目指した。さらに、それらが外部の個人、集団、コミュニティとの接合によって拡大していく過程にも注目しながら調査を進めた。
1.代表者田辺は、隠者パンのユートピア空間が瞑想中の「夢想」を基に構築されてきたこと、および隠者と女性修行者との間に新たな共同性が芽生えていることを明らかにした。
2.松田は、北タイの三つのコミュニティをとりあげ、上からの「統治」と下からの「対応」から生まれる共同的実践の事例を収集し、生活主義的思想の可能性を追究した。
3.西井は、ビルマ国境のメーソットにおけるムスリム・コミュニティの構成、ダッワ運動の歴史、および現在のダッワ運動に対する住民たちの態度についてのデータを収集した。
4.平井は、北部・中部タイのコミュニティ博物館を調査し、博物館活動を通してコミュニティの伝統や観光資源化など、新たな共同性や価値が創出されつつあることを解明した。
5.阿部は、カンボジア・パイリンにおける教育事情を調査し、パイリン国際学校およびタイ国境プロンの私立学校において教師たちの生活、学校運営に関するデータを収集した。
6.古谷は、チェンマイの民間治療師のネットワーク化の経緯を明らかにし、さらに治療師たちの知識伝達、生薬生産、クライアントとの相互行為についてのデータを収集した。
7.岡部は、北タイ開発僧ネットワークに参加したタイ・ヤイ人僧侶が主催するビルマ国境の仏法センターにおいて、村人との関係、「庇護者」と呼ばれる寄進者との関係などを解明した。
また平成25年3月7-8日には、タイ・チェンマイ大学において海外共同研究者とともにワークショップを開催し、各自の研究経過を報告して比較検討し、分析の方向性を探るとともに、来年度の調査計画を画定した。
2011年度活動報告
本年度は各地のコミュニティ運動の実態を把握するため、特に、国際機関、行政機関、NGO やメディアなどがコミュニティに介入、連携し、またコミュニティがそれらに抵抗する局面に注目し、それらが〈アセンブレッジ〉を構成していく過程や関係性を明らかにすることを目指した。
1.代表者・田辺は、北タイにおける隠者パンの仏教ユートピア運動が、1990年代以降、新たな修行地を開拓し、多様な勢力の〈アセンブレッジ〉の中で展開した過程を調査した。
2.松田は、北タイのモン、ヤオ、カレン人のコミュニティ・フォレスト運動において、NGOが導入した森林保全ルールを遵守する村と柔軟に運用する村とに分化している実態を明らかにした。
3.西井は、南タイ・サトゥーン県の村において、ムスリムのダワ運動の2007年以降の住民の参加、指導者、さらに地方行政・警察の介入等の変動について調査した。
4.平井は、タイ中部、東北部の博物館について情報を収集するとともに、芸術局、学術機関、NGO、メディア、仏教寺院等を含む〈アセンブレッジ〉の形成について調査した。
5.阿部は、カンボジア・パイリン市で元僧侶が運営する私立学校を中心に教師たちの生活や学校運営をコミュニティの観点から調査した。
6.古谷は、北タイ・チェンマイ県を中心に民間治療師運動におけるネットワーク化についての情報を収集し、そこに関与したNGOやその他の機関との連携についても調査した。
7.岡部は、2001年に設立された「北タイ・コミュニティ開発僧ネットワーク」に関与してきた僧侶たちを中心に情報収集し、それ以前の僧侶グループやNGO、村人たちとの関係を調査した。
また、平成23年7月の研究会では〈アセンブレッジ〉概念について議論し、平成24年3月の研究会には濱西栄司氏(ノートルダム清心女子大)を招聘し、社会学における社会運動研究の現状について展望して頂き、本研究の枠組みとの関連で議論した。