国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

インド音楽・舞踏のグローバル化に関する総合的研究(2011-2013)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 寺田吉孝

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究では、インド音楽・舞踊の現代的展開と変容をグローバル化との関連で考察するために、インド国内における音楽変容と、インドにおける音楽・舞踊文化に最も影響力を持つ欧米インド系コミュニティにおけるインド音楽・舞踊の実践を関連づけて考察する。地域間を結ぶ個人・団体の特定、かれらの活動内容や交流の実態の把握、音響としての音楽への影響に関する考察を行う。音楽・芸能における変化は内的要因だけではなく、グローバル化を背景とする音楽・舞踊文化の変質がその主要因になっている点を具体的に示すことができると考える。
本研究は、これまでの南インド古典音楽の研究蓄積を土台にしながら、北インド古典音楽や南北の古典舞踊を調査対象に加え、インド音楽・舞踊とグローバル化との複合的な関係を包括的・総合的に考察するものである。

活動内容

2013年度活動報告

研究代表者・寺田吉孝は、昨年度同様カナダ、トロント市で調査を行なった。同市で最も活発に南インド音楽・舞踊を実践するタミル人は、出身国によりインド系とスリランカ系に大別され、それぞれが個別のコミュニティを形成している。今年度の調査では、スリランカ系タミル人の積極的な関与の背景と音楽・舞踊に及ぼす芸態的、社会的影響について、主に舞踊公演への参与観察と関係者への聞き取り調査から検討し、カナダでの永住を決意したスリランカ系難民が、ホスト社会における永続的な自文化継承の核として南インド音楽・舞踊を位置づけていることを明らかにした。
研究分担者・田森雅一は、昨年度に引き続き北インド・ラジャスタン州ジャイプルで現地調査を実施した。フランスとインドを往来する音楽家の活動に焦点をあて、世界的な均質化と地域的な多様化が同時に進行する世界でのインド音楽の再生産をめぐる問題についてローカルでミクロな視点から検討した。その結果、1980 年代前半にラジャスタン地方からフランスの地方都市に渡った、当時無名のムスリム世襲音楽家の音楽活動と、カーストを超えたネットワーク形成が、その後の同州の音楽世界に大きなインパクトを与えた点を明らかにした。
研究協力者・竹村嘉晃は、昨年度に引き続きシンガポールにおいて現地調査を行い、20世紀の同国におけるインド芸能の伝播と培養、変容と発展について資料を収集した。文献資料と舞踊家のライフヒストリーの聞き取りから、シンガポール発のインド音楽・舞踊・演劇が国内外で積極的に公演されており、インドとの交流が実演家レベルで盛んに進められている実態を明らかにした。。
なお、班員3名が東洋音楽学会第64回大会において分科会を組織し、研究成果の一部を公開するとともに、上記の3つの事例研究の比較検討をおこない、インド音楽・舞踊のグローバル化の重層的な構造について理解を深めることができた。

2012年度活動報告

研究代表者・寺田吉孝は、チェンナイ市において現地調査を実施した。チェンナイで毎年12月~1月にかけて開かれる音楽・舞踊祭に参加し、国外在住のインド系音楽家、舞踊家の公演活動の実態について調査をおこなった。特に昨年現地調査を行ったカナダ、トロント市在住のインド系舞踊家とチェンナイ在住の師匠たちの関係や、在外舞踊家を支援する団体の組織や活動について理解を深めることができた。また、以前から注目しているインターネットを利用した音楽教授についても追加調査を行い、個人ベースの利用が一般化するとともに、音楽院などが組織的に海外の弟子を募集するなど、インターネット教授の多様化が進行していることが明らかになった。
研究分担者・田森雅一は、昨年度に引き続きラジャスタン州ジャイプルで現地調査を実施した。昨年度調査を開始したグローバルな活動を展開する芸能集団「ラジャスタン・ルーツ」について追加調査をおこなうとともに、古典音楽の伴奏を世襲的職業としてきたカーストに属する演奏家、関係者に聞き取りを行い、グローバル化を背景とした音楽ジャンルと社会関係の変化に関する情報を収集した。
研究協力者・竹村嘉晃は、シンガポールのインド系コミュニティの音楽芸能実践について現地調査をおこなった。現地におけるインド音楽の演奏、教授を精力的に推進してきたバスカル芸術院、シンガポール・インド芸術ソサエティ、シンガポール・インディアン・オーケストラなどの関係者に、活動の実態や国外のインド系コミュニティとの人的ネットワークに関する聞き取り調査を行った。演奏ツアーなどによるインド在住演奏家の欧米訪問の増加が、インドと欧米の中継地であるシンガポールにおけるインド音楽の活性化につながっている点が明らかになった。

2011年度活動報告

研究代表者・寺田吉孝はカナダとインドにおいて現地調査を実施した。カナダでは、主にオンタリオ州トロント市おいて、同市を代表する2つのインド系舞踊グループ(インダンスとチャンダム舞踊団)の活動について実態調査をおこなった。インダンスは南インドの古典舞踊バラタナーティヤムの古伝統の復活と他ジャンルとの現代的な融合を同時に推進する舞踊団であるのに対し、チャンダム舞踊団は北インドの古典舞踊カタックを専門とする舞踊団である。今年度の調査から、両グループのメンバーの大多数は、多様な経路でトロントに移住したインド系移民であり、彼らの移民体験が舞踊団への参加と深い関係を持っているだけでなく、両舞踊団の活動形態、演奏スタイルがカナダ・インドを含む複数地域間の往来の中で形成されている実態が明らかになった。インドでは、南インド音楽の中心地であるチェンナイにおいてインド在住の音楽家・舞踊家とNRI(在外インド人)間のネットワークの実態調査をおこなった。特に、在外アーティストの活動に対するインド側の反応を調査する過程で、実験的な音楽・舞踊の実践が社会変革の場の一つとなっている点を実感することができた。
研究分担者・田森雅一はインドの首都デリーおよびラジャスタン州ジャイプルで現地調査をおこなった。デリーでは、カラーシュラム・カタック学院においてインタビューと舞踊指導の実態を調査した。当学院の創設者であるビルジュ・マハラージュは、カタックのグローバル化に大きく貢献した著名舞踊家であり、彼のこれまでの活動を詳細に記録する契機を得たことは大きな収穫であった。ジャイプルでは、多ジャンルの演奏家を傘下におくコンソーシアム的芸能集団「ラジャスタン・ルーツ」の活動について調査をおこない、現地の演奏家たちを海外音楽市場に送りだすシステム・戦術について理解を深めた。