国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族誌記述による一般歌掛け論の人類学的構築(2011-2013)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 梶丸岳

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、ラオスと日本の歌掛けの民族誌記述を行い、それと先行研究のさらなる分析を合わせて、歌掛けの一般的特質を明らかにすることである。
ラオスでは、フアパン県で歌われているカップ・サムヌアの記述を行う。ここでの目標はこれまでまったく記録のない歌掛けの、現代における基本的状況を明らかにすることである。歌掛けの映像による記録、それに基づく歌詞や旋律の具体的記述と分析から、カップ・サムヌアのコミュニケーションとしての特徴を明らかにしていく。その上で、伝統文化の保存、そしてその現代性について考察を進める。
一方、日本の歌掛けでは、秋田県の金澤八幡宮伝統掛唄の記述を行う。歌詞そのものを記録することはもちろん、掛唄を映像で記録して具体的な相互行為の分析を行い、掛唄を取り巻く社会的状況とのかかわりを含めて総合的に記述していく。特に掛唄の学習過程や次世代育成の様子、歌い手同士の関係について重点的に調査し、掛唄の民族誌的記述を行う。
歌掛けの一般的特質の解明は、これらの研究および、これまで行ってきた中国貴州省における歌掛け「山歌」の研究を合わせ、一般歌掛け論を構築することを目的とする。これまでの成果を踏まえ、歌掛けの言語的特徴、相互行為のあり方を既存の理論と接合させ、コミュニケーション、そして社交的意味についての理論を確立する。こうした見解を積極的に海外で発表することで国際的に歌掛けのプレゼンスを高め、その保存に貢献することをも目指す。

活動内容

2013年度活動報告

本研究の目的は、ラオスのサムヌアで歌われている歌掛け「カップ・サムヌア」と、日本の秋田県で歌われている歌掛け「掛唄」の民族誌記述を行い、先行研究のさらなる分析を合わせて、歌掛けの一般的特質を明らかにすることである。本研究の意義はこれまで注目されてこなかった歌掛けについて、言語人類学的方法論に基づいて個別の事例を包括的に記述し、それらを総合することでその特徴を明らかにし、さらにその文化的価値を明らかにして人間のコミュニケーションや文化の可能性と豊かさの一端を新たに示すことにある。本年度はラオスにおいて昨年度収録した「カップ・サムヌア」の書き起こしと日本語訳を進め、その内部のやりとりの詳細を初めて明らかにした。また現地の歌い手の家に滞在し、その生活をつぶさに観察すること、そして歌い手への歌詞や歌い方などについてのインタビューを通して、カップ・サムヌアの歌詞が持つ社会的・歴史的文脈や掛け合いの具体的な技法、そしてこの歌掛け自身を取り巻く社会的状況について明らかにした。また今後の課題として、サムヌアだけでなく首都ヴィエンチャンでの調査を行なう必要があることも見えてきた。秋田の掛唄については今年初めて熊野神社で行なわれる掛唄大会に参加し、これまで調査してきた金澤八幡宮の大会との違いと共通点を明らかにし、掛唄の全体的状況について理解を深めることが出来た。こうした研究成果を学会発表や論文と言ったかたちでまとめるとともに、先行研究である中国貴州省の歌掛け「山歌」を含めた形で比較を行ない、一般歌掛け論の構築を推し進めた。

2012年度活動報告

本研究の目的は、ラオスのサムヌアで歌われている歌掛け「カップ・サムヌア」と、日本の秋田県で歌われている歌掛け「掛唄」の民族誌記述を行い、先行研究のさらなる分析を合わせて、歌掛けの一般的特質を明らかにすることである。本研究の意義はこれまで注目されてこなかった歌掛けについて、言語人類学的方法論に基づいて個別の事例を包括的に記述し、それらを総合することでその特徴を明らかにし、さらにその文化的価値を明らかにして人間のコミュニケーションや文化の可能性と豊かさの一端を新たに示すことにある。本年度はこれまでに得た資料を元に掛唄の社会的状況やその歌い方についての基本的な分析を行い、掛唄の言語人類学的記述を進めた。また、ラオスにのべ7ヶ月滞在して正式な調査許可を得るための手続きを進めるとともに、ラオス国立大学にてラオス語の研修を受けた。2012年12月に調査に必要な手続きをすべて完了して一時帰国後、2013年1月末から2ヶ月間ラオスのサムヌアに滞在し、カップ・サムヌアをビデオに収録するとともにいくつか掛け合いの書き起こしも行った。さらにこの歌掛けと歌い手たちをめぐる社会的環境に関する現地調査を進めた。さらにこれまで行ってきた中国貴州省の歌掛け「山歌」についての民族誌を最終的にまとめ上げ、3月末に上梓した。またこれと掛唄の調査結果を比較対照することで、歌掛けの一般的特質の解明を進めた。以上によって、本年度は本研究目的を達成するために前年度からさらに一歩具体的事例の蓄積と分析を推し進めたといえる。次年度は以上の成果を踏まえ、ラオスにおけるさらなる現地調査と資料の分析を中心に研究を推進し目的達成を目指す予定である。

2011年度活動報告

本研究の目的は、ラオスのサムヌアで歌われている歌掛け「カップ・サムヌア」と、日本の秋田県で歌われている歌掛け「掛唄」の民族誌記述を行い、先行研究のさらなる分析を合わせて、歌掛けの一般的特質を明らかにすることである。本研究の意義はこれまで注目されてこなかった歌掛けについて、言語人類学的方法論に基づいて個別の事例を包括的に記述し、それらを総合することでその特徴を明らかにし、さらにその文化的価値を明らかにして人間のコミュニケーションや文化の可能性と豊かさの一端を新たに示すことにある。本年度はまずこれまで行ってきた中国貴州省の歌掛けについて、学会発表を行って議論を深めるとともに博士論文にその全貌をまとめ、一般歌掛け論への基盤を固めた。またラオスの歌掛けについては、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所にジュニアフェローとして所属し、ラオス語の学習とともに、言語記述に必要な技術を習得してラオスでの調査に備えた。その上で、2月から3月にかけてラオスのヴィエンチャンおよびサムヌアを訪れ、次年度の長期調査に向けての準備を進め、サムヌアにて歌掛けの映像を撮影した。秋田県の掛唄については、7月と9月に現地を訪れ、保存会の取材および掛唄大会の映像撮影、歌い手の方々へのインタビューを行って、掛唄の歴史的変化と、掛唄をとりまく社会的環境について検討を進めた。以上によって、本年度は本研究目的を達成するために今後を見据えた研究環境を整え、研究成果を世に問うための土台を築いたと言える。次年度はこれを踏まえて本格的な調査と研究を推進する予定である。