博物館における全天周科学映像の開発および評価に関する人文・社会学的研究(2012-2014)
目的・内容
申請者は、一般の人々が人文あるいは自然科学の様々な切り口から科学に関心を持てるように、研究者の視点から文理融合の新たな手だてにおいて、天文・宇宙分野の科学映像「誰も知らなかった星座~南米天の川の暗黒星雲」を企画・制作した。さらに宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所を窓口として普及までの手だてを整えた。本研究は、この科学映像を全天周映像化し、博物館などのドーム型スクリーンで上映し、全天周科学映像による視聴者への影響・効果を、これまでに成されていなかった人文・社会学的側面から明らかにすることを目的とする。つまり、視聴者の多様な視聴特性を、人間工学的分析ではなく、視聴者の社会文化的背景と心理的、教育的影響との関わりから分析する。さらに、通常の平面版映像の上映効果との比較も踏まえて、全天周映像の特性と視聴者への影響、および研究者の視点からの映像を効果的に伝える方法を明確化する。
活動内容
2014年度活動報告
平成26年度は、全天周映像の特質である臨場感や没入感について、博物館学の分野では初の検討を試み、最新の研究成果を得られた。
具体的には博物館学的手法、つまり来館者をとりまく物理、社会、個人的コンテキストに照らし合わせつつ、全天周ドームにおいて異なるドーム径やプロジェクター性能を持つ上映館でのアンケート結果の比較を通して解析を進めた。研究成果として、画像精細度の高さは臨場感や没入感に部分的にしか影響しないこと、画像の精細度よりもドーム径が臨場感・没入感に影響する傾向が見られること、臨場感・没入感には視聴者の心理的側面や地域性などの環境要因の影響も見られることなどが確認でき、博物館学の学会で発表した。
さらに、博物館においては実物資料に近づけるべく高精細デジタル化が進んでいることを受け、全天周ドームにおけるデジタル資料の可能性を検討した。調査は国内有数の恵まれた星空環境に属する視聴者を対象とし、展示や教育普及コンテンツで注目が高まっている全天エアドームを用いてデジタルデータの星空について評価を得た。この調査から全天周という条件下でのデジタル資料の持つ可能性や限界を確認でき、研究成果は日本天文学会で発表した。さらに全天周画像の専門家と、デジタル画像における高精細化の動向やコンテンツに関する意見交換を行うことができ、デジタル画像の高精細化は技術面が先行し、高精細に適したコンテンツについては専門家の間でも模索中であること、最新動向として、建築文化財アーカイブの全天周映像化の試みがあり、今後、人文科学系コンテンツにおいても臨場感や没入感に類する研究の可能性も確認できた。
また、宇宙・天文分野で球形立体表示装置を開発している研究者と連携し、球形立体表示装置と全天周の視聴特性との比較をすべく一般視聴者対象に調査を実施し、全天周特有の臨場感・没入感を更に具体化できた。
2013年度活動報告
平成25年度は新たな調査協力館(2館)を得られ、昨年度の協力館(1館)の視聴者データと合わせて、これまでの研究では試みられていない文理融合的観点による全天周映像の視聴特性、および全天周映像の特性である臨場感や没入感の観点から研究を進めた。協力3館は地域性、来館者層や投影施設(ドーム径、プロジェクターなど)も異なる。 文理融合的観点が映像の内容理解に及ぼす影響については、アンケートの自由記述欄にある感想や意見からキーワードを抽出した。キーワードには、人文もしくは自然的事象への関心、あるいは論理的思考や芸術的思考があり、年齢や全天周映像の視聴経験などにおいて特色が見られる。これらのキーワードと、年齢および視聴経験数との繋がりを統計学的手法に基づく散布図で表すなどして解析を進めている。
全天周映像の特性である臨場感や没入感については、全天周と、そうでない投影の比較において、臨場感や没入感を5段階評価する回答から分析できた。臨場感・没入感には、画像精細度のみならず、視聴者の心理的側面も作用すると考えられる。調査結果より、臨場感や没入感に影響する要因として、画像精細度とドーム径などの物理的要因、さらに全天周ドームでの過去の記憶や経験などの人的要因が認められたので、物理・環境要因(画像の立体視は除く)と、視聴者個人に関する人的要因の双方から臨場感・没入感を検討した。
これら物理的要因と、来館者個人に関わる人的要因は複合的に絡み合っている傾向も見出せた。
以上の研究成果を博物館学や天文学の学会で発表した。発表に際し、双方の分野の関係者から本研究の新規性と独創性について評価を得られたと共に、全天周映像の視聴特性を見出す新たな調査指針も得られた。さらに、宇宙・天文分野に近接する分野で球形立体表示装置を開発している研究者と連携することで、全天周映像特有の臨場感・没入感の検討課題を更に具体化できた。
2012年度活動報告
今年度は、研究者による全天周映像の制作・普及という国内でも初の試みにおいて、対処すべき課題が明確化できた。制作の過程においては、試験投影を踏まえて、進化著しいプロジェクター性能の画像精細度に与える影響が想定以上に大きいことが明らかとなった。
全天周映像における画素値とプロジェクター性能の関連において、視聴者の高精細画像に対する識別能力は、工学的分野においても十分に調査が進められておらず、学術的にも有益な調査課題を得られた。本研究では、学術・教育目的の普及の観点から、全天周映像の構成要素(連番画像と音声ファイル)を無償提供しているが、編集に係る高額な発注経費の事情により、上映は編集施設をもつ館に限定せざるを得ない課題もある。しかしながら、上映した館での視聴者からの高評価を踏まえて、文理融合的観点からの学術映像が、幅広い視聴者に受容される可能性について、各館に理解を得られつつある。
全天周映像は、臨場感や没入感を与えやすい反面、通常の平面映像とは異なる視聴環境や視聴特性が生じるため、平面映像との比較を踏まえて視聴特性を分析する必要がある。今年度は、双方の投影方法において協力館を得られ、アンケートなどにおいて、理解度や満足度などを5段階評価する回答、および自由記述の言葉に基づき視聴特性を分析している。全天周映像ならではの臨場感や没入感については、過去の記憶や経験等、これまでに成されていなかった人文・社会学的側面から回答を得られている。さらに、文理融合的観点から制作した映像の視聴特性を分析するにあたり、視聴者個人に属する要因の他に、博物館立地条件という新たな検討課題も見出せた。
以上の研究成果を博物館学や天文学関係の国内外の学会等で発表した。発表に際し、宇宙・天文分野に近接する分野で立体映像を開発している研究者から、全天周映像ならではの臨場感を見出すための新たな調査指針も得られた。