女性移民・人身売買被害者支援運動の変容とその多元的リアリティの解明――タイを事例に(2013-2014)
目的・内容
本研究の目的は、女性移民および人身売買被害者に関する言説を、国際レベル/送り出し国内レベル/支援運動の現場レベルに区分して分析し、それらの言説と女性移民および人身売買被害者当事者の多元的なリアリティとの関係性を明らかにすることである。
本研究は、事例として、タイの女性移民・人身売買被害者支援運動を対象とする。まず、1990年代以降の女性移民・人身売買被害者に関する言説を、国際/国内/支援運動現場の各レベルにおいて分析し、女性の移動・親密圏・セクシュアリティ等を問題化する論理を明らかにする。次いで、支援運動の現場レベルにおけるミクロな過程を調査し、各レベルの言説・論理と現場のリアリティとの関係性を分析する。
活動内容
2014年度活動報告
本研究は、女性移民および人身売買被害者に関する言説を、国際レベル/送り出し国内レベル/支援運動の現場レベルに区分して分析した上で、それらの言説と女性移民および人身売買被害当事者の多元的なリアリティとの関係性を明らかにすることを目的としていた。
今年度は、女性移民・人身売買被害者支援運動の多元的リアリティに関する調査研究を行った。前年度に行った資料収集・分析を踏まえ、支援運動のモデルとして「国際ネットワーク連携モデル」および「コミュニティ・ノーマライゼーションモデル」を設定し、具体的に二つのグループについて検討した。
前者として取り上げたグループは、日本の市民団体や国際NGOと連携し、国境を越えた支援活動を展開してきたグループである。支援スタッフに加え、帰郷した当事者がメンバーとして活動し、相互支援活動等を行ってきた。このグループでは、当事者の経験が「被害経験」として再構築されることによって支援の対象とされる一方で、当事者間の交流の結果、支援運動を相対化する視点を得たり、「被害経験」とは異なる語りが展開するなど、「支援者-被支援者」関係が固定化せず、揺らいでいることがうかがわれた。
後者として取り上げたグループは、代表者や事務所を持たず、問題が生じたときに対応する形をとっており、地域コミュニティに溶け込む形で活動してきたグループである。このグループにおいては、コミュニティで共有されているコンテクストから外れる体験は語られにくい側面があり、活動過程における「支援者-被支援者」という関係と地域コミュニティ内部の上下関係が連関していることが推察された。
本研究の目的を達成するには、これらのグループについてさらなる調査を行った上で、前年度の資料調査の成果と総合して考察する必要があったが、研究代表者の一身上の都合により、研究継続が困難となったため、やむを得ず補助事業の廃止申請を行うに至った。
2013年度活動報告
本研究の目的は、女性移民および人身売買被害者に関する言説を、国際レベル/送り出し国内レベル/支援運動の現場レベルに区分して分析し、それらの言説と女性移民および人身売買被害者当事者の多元的なリアリティとの関係性を明らかにすることである。平成25年度は女性移民・人身売買被害者支援運動の展開についての資料調査を行った。1990年代以降の女性移民・人身売買被害者支援運動について、支援運動組織レベル・タイ社会レベル・国際社会レベルの資料を収集し整理した。
1.支援運動組織レベル:
タイにおいて女性移民・人身売買問題に取り組んでいるNGOなど支援運動組織による出版物、報告書、ニュースレター等を収集し、整理・分析した。多様化する近年の支援活動を捕捉するため、タイ以外の国々を対象とする組織についても資料を収集し、比較の視点を得た。
2.タイ社会レベル:
この問題に対するタイ政府およびタイ社会の認識を、官公庁資料と主要新聞から整理した。
3.国際社会レベル:
国際移住機関や国際労働機関など、国際機関によるタイ人女性移民・人身売買にかかわる調査報告書等を収集し、国際社会レベルの背景、問題認識、論理を整理した。
以上より、女性移民や人身売買被害者への支援活動は様々なレベルで行われているが、様々な組織の設立経緯や運動の主体、活動理念等を整理すると、この問題がタイを含む送り出し社会の文脈から提起されているばかりでなく、日本や米国などの先進国から異なる文脈で提起されていることが明らかとなった。すなわち、支援活動は必ずしも当事者のニーズに基づいて行われてはおらず、国家間の政治的思惑や特定の宗教的価値観などにより方向付けられている。女性移民や人身売買の被害者という存在は、女性の移動の自由と女性の身体の管理・保護といった問題をめぐるアリーナとなっている点など、主に資料調査で得られた言説の分析を進めた。