バイパス型私企業活動の活性化による、マダガスカル山間部の住民行動と地域構造の変容(2013-2015)
目的・内容
本研究の目的は、2009年初頭以降のマダガスカル暫定政権下において、村落部の生活がこうむった影響を明らかにすることである。この時期、国家の統治力が減退したにもかかわらず、国外との結びつきは遮断されず、むしろますます緊密なものとなった。この結果、国家が明確な方針をもたないまま国外企業の活動を許してしまい、とくに村落部ではさまざまな輸出天然資源の採取が活発化するようになっている。このように国家の調整を受けずいわばバイパスするかたちでおこなわれる民間活動の実態を、小生産者からの聞きとりによって把握し、村落部住民の行動や地域構造に与えた効果を主として現地調査によって明らかにする。
活動内容
2015年度活動報告
2009年はじめの実質的クーデターから7年、2013年末におこなわれた大統領選挙から2年が経ったが、マダガスカルにおける政治はいまだじゅうぶんな透明性をとり戻していない。この間、2008年頃から準備されていた地方行政改革が進み、6つの州が解体して22の地域圏に再編されたが、結果的にこれにより政治状況がますます複雑になり、正常化への道筋が容易に見通せなくなっている。
本研究を進めるうえでは、状況をさらに複雑化させる要因として、国家の統制を超えた民間企業活動の活性化(バイパス型私企業活動)があるという仮説を立てた。この仮説はあるていど証明されたと自己評価しているが、この状況の引き金となったのは国家ガバナンスの低下だけでなく、上記のような地方自治体の活発化も無視できない。マクロな視点から導いたこの結論が、本研究における第一の成果である。
第二に、メソの視点からの考察としては、自然保護と鉱山開発いずれの分野においても、住民行動や地域構造が受けた変化(恩恵)は、事業の進めかたや財源などによって大きく異なることがわかった。この点の研究は今後さらに深め、比較研究の手法によって今後も追究する余地がある。今回の研究では、大きな目標として掲げたわけではなかったので、今後の課題としたい。
第三に、対象地域における小規模砂金採取と民間人道支援について、詳しい調査を進めることができた。砂金採取についてはまだ整理しきれていない論点も多いが、民間人道支援については、伝統文化の外観保持に重点を置くあまり、天然資源の持続や文化の象徴的側面を損なうおそれがあることが明らかになった。このことは、2015年度に開かれたシンポジウムで発表したほか、期間延長によって2016年度までくり越した財源によって、2016年度の国際学会でも発表する。日本語論文1本と英語論文2本も刊行予定である。
2014年度活動報告
初年度(2013年度)の調査で明らかになったことのひとつに、フランス系のNGOが人道的支援と称して、山間部の木造民家新築を奨励するプロジェクトを進めているという事実がある。第2年度(2014年度)はこの点についてより詳しい調査をおこない、新築された民家の木材にかならずしも適切な樹種が用いられていないこと、適切な樹種の場合でも樹齢の若い材が用いられていることが明らかとなった。このことは、周囲の森林からの建材調達が困難になっていることを示している。そのいっぽうで、建築技能を身につけた特定の村の職能者たちは、建築景気に喜びを隠さない。海外に拠点を置く団体の活動が村の経済構造を大きく変えているという点で、国家の調整を受けない「バイパス型私企業活動」の一例とみなすことができた。
こうした活動が近年活発になっている理由としては、2009年初頭から2013年末まで約5年間続いた暫定政権の統治力が弱かったことよりも、2002年から2008年にかけて進められた地方分権政策の影響が大きかったことが、文献調査により明らかになった。地方分権政策の影響は、鉱物採掘や自然保護の分野でとりわけ大きかったようである。
以上の成果の一端は、2014年12月に開かれたアメリカ人類学会(AAA)でも報告した。また、このことに関する英語論文ならびに日本語論文の発表媒体もほぼ決まっており、2015年度はこのための執筆にあてる予定である。
2013年度活動報告
2013年末におこなわれた大統領選挙により、マダガスカルは5年にわたる暫定政権期に終止符を打ったが、首相指名に多大な時間を要するなど、国政が安定するにはいたっていない。こうしたなかで、国家の統治力が減退したまま国外企業が活発に動くという状況は変わっておらず、当初予定の調査を遂行することができた。
とくに、砂金採取がおこなわれている山麓部河川流域では、中国系企業が選鉱機械を導入しており、現地の労働力を雇用して砂金採取をする見返りに道路を拡幅・整備しているらしいことがわかった。この企業活動は、本研究が想定していたバイパス型私企業活動によく合致しており、今後もしこの活動を追跡調査できれば、その特色を明らかにできると期待できる。
また、それとは別に、人道的支援と称して山間部の住宅新築を奨励するフランス系NGOにも接触をはかった。このNGOは、ユネスコが無形文化遺産に登録している家屋装飾の木彫りを保護伝承するため、木造家屋だけの新築を奨励しており、非伝統的な素材を使った家を壊すことを条件に無償援助をおこなっていた。しかし、そのために木材資源が少なくなってきており、建材に適さない種類が代用されたり、適した種類であっても長もちする老木でなく傷みやすい若木が使われるなど、かえって木彫り実践の寿命を縮めるのではないかという懸念が出はじめている。この現象に関しては、本研究が終了した後も調査を継続することで、バイパス型私企業活動の問題点を明らかにできると考えられる。