国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

現代インドに生きる〈改宗仏教徒〉(2013)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|研究成果公開促進費(学術図書) 代表者 舟橋健太

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本書は、現代インドのウッタル・プラデーシュ州西部に生きる<改宗仏教徒>に関して、かれらの仏教改宗の背景をたどり、かれらが自らの「過去性」、ならびに、親族・姻族をはじめとする他者との「関係性」を勘案しながら、いかに実践的・遂行的に自らの位置を定めようとしているのか、種々の生活実践・儀礼実践を詳細にとりあげて分析・考察を行う。これは、現代北インドにおける改宗仏教徒たちの実践する「仏教」を仔細に検討する試みでもある。
本書の刊行目的のひとつは、「宗教」そして「カースト」という、人類学分野において長くそして多岐にわたって議論されており、また、近現代インドにおいてなお強く人びとの生を規定している概念/現象について、これら二つがせめぎ合う地平に自らの身を置いている改宗教徒――とりわけ改宗仏教徒――に着目して、かれらの語りならびに実践から、現代インドにおける「宗教」と「カースト」の新たな形態の可能性を探るものである。またいまひとつの目的として、往々にして一枚岩的・固定的・本質的に捉えられがちな「不可触民」について、仏教に改宗したかれらの語りや生活実践ならびに宗教儀礼実践に着目することにより、不可触民解放運動/ダリト運動の展開、エリート・ダリトの存在やその意義、社会的・政治的変化など、近年における「不可触民」の変容を多角的に描き出すことを目指す。
これらの目的は、これまでの「宗教」や「カースト」に関わる通説、すなわち、改宗とはAからBへの移行であり、実践形態もひとつの宗教に従うべき静態的かつ教義的なものとする考え、また、人びとを本質的に規定して交渉の余地が少ないものとするカーストの捉え方などに対して、改宗教徒という「はざま」の観点から捉え直し、新たな姿を見出すための重要な視角を提供しうる。ここからは、西洋近代的な「宗教」概念の再考、インドを把握するうえでの「カースト」概念の再検討、そして差別的言説の再生産から外れるかたちでの「不可触民」を捉える視角の提示など、多くの意義深い展開可能性を有している。