国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

言語多様性の記述を通して見る中国雲南省チベット語の方言形成の研究(2013-2016)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 鈴木博之

研究プロジェクト一覧

目的・内容

チベット文化圏の南東端に位置し、他の民族文化圏と接する中国雲南省北西部で話されるチベット語諸方言は、その分布地域の範囲に照らして非常に大きな多様性を持っている。本研究では、同地のチベット語諸方言が多様で独特の言語特徴をいかにして持つようになったのかという問題を提起し、同地の多言語状況に配慮しながら、記述言語学の方法論を用いて数十地点にわたる語彙・文法事項に関する方言調査によって得られたデータを、比較言語学および地理言語学の方法論で分析することを通じてこの問題を解明することを目的とする。

活動内容

2016年度活動報告

本年度の研究実績は、1)臨地調査、2)データの整理、3)成果発表に分かれる。 1)については、データの補完のため、1度の短期の臨地調査を雲南省迪慶州を中心に行い、計4地点(新聯、布喀、吉仁水、色倉)の語彙資料(1地点約1000語)を収集した。また、特に吹亞頂方言および勺洛方言の文法記述を進め、例文収集を集中的に行った。この過程で、同地域に近接する地域に未記述言語が存在することが判明し、今後の研究に向けた初歩的な記述を開始した。 2)については、臨地調査で記録した語彙データを個別方言ごとに電子化を進めた。そののち、言語地図作成用にArcGIS onlineで使用可能な形式に従ったデータベースを作成した。同時に、言語地図の作成と解釈を20語について行った。また、記録した語彙の中からスワデシュ語彙表の100語を選び、語ごとにデータをまとめ、言語地図の作成を行った。 3)については、本年度の研究成果と本研究のまとめとなる論文を18件発表した。また、5つの国際会議(アジア地理言語学国際会議、国際チベット学会議、北京チベット学国際会議、西南中国のシナ・チベット語会議、アムド研究ネットワーク)に参加し、6件の口頭発表を行った。加えて、本研究と関連する2件の招待講演を中国、オーストラリアでそれぞれ行った。加えて、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の共同研究「アジア地理言語学」と共同で本研究で得られたデータを含む言語地図を作成し、関連する成果を発表した。

2015年度活動報告

本研究は、1)臨地調査と2)データ整理及びその解釈に分かれる。
1)については、短期の臨地調査を2度行い、雲南省迪慶州を中心に、新規調査として合計43地点(翁上、申科頂、霞給、魯堆、居佳、左魯、亞浪、打撲貢、開香、茨ka通、貴崗、南哈、下龍農、湯堆、孜尼、吉沙、祖莫頂、和平宗巴、果念、爭茸、霧濃頂、江坡、巴美、紅坡、久農頂、直仁、茨中、雨崩、巴東、吉仁葉古、吉仁水、澤通、規吾、葉日、塘批、翁水、木魯、習克、乃思、色倉、新陽、湯滿、西當)のカムチベット語方言の語彙(1000-2000語)を収集・記録した。また、香格里拉維西県、徳欽県では地元の歴史を記録したチベット語文献を収集し、当地の寺院と村落に関する歴史資料を収集した。加えて、同地域の口頭による歴史の語りも収集し、村落の形成の歴史、居住の歴史などを記録した。
2)については、まず収集した語彙データは電子的にデータベース化し、検索可能な電子的資料とした。次に、言語地図を作成するベースとして、Googlemapsの地点情報に基づいて、オンライン地図作成ソフトであるArcGIS onlineで処理できるデータベースを主とし、ktgisのgeocodingで処理できるデータベースを副とする形式にデータを加工、編集した。この作業は言語地図作成とともにその解釈が反映され、データの編集そのものが研究成果となるため、試行錯誤を繰り返し、語彙を対象とする20枚、および音声を対象とする20枚の言語地図を作製した。
以上の成果に基づいて、論文については本研究に直接的にかかわるものを15件、副次的成果として11件発表し、各種学会・研究集会において口頭発表を5件行った。また、3度の招待講演において、研究成果に直結する話題を提供した。また、本研究の成果の一部を含む単著を出版した。

2014年度活動報告

本研究は1)臨地調査と、2)データ整理・解釈に分かれる。
1)については、短期の臨地調査を2度行い、雲南省香格里拉県、徳欽県および維西県において合計6種のカムチベット語方言(Choswateng, Gagatang, mBalhag, lCagspel, sNyingthong, Chumdolog)の語彙・文法調査を行った。また、次年度の調査に向けて、村落の選定を行うための基礎情報を収集した。また、香格里拉県の村落に伝わる村民の歴史を口頭で語ってもらい、言語資料として供するだけでなく、移民の年代・状況などを把握する史料的価値のあるものを収集できた。
2)については、まず収集した言語データは電子的にデータベース化し、検索可能な電子的資料を作成した。次に、言語地図を作製するベースとして、Google Mapsの地点情報に基づいてArcGISおよびGeocodingで処理できる形式として整理した。これらのデータを利用し、複数枚の言語地図を作成すべく試行錯誤を試み、音声・語彙形式・文法特徴に関する二十枚の地図を作成した。
以上の成果に基づいて、論文について本研究に直接的にかかわるものを7件、副次的成果として6件発表し、各種学会において口頭発表を12件行った。口頭発表の際には、参加者との交流において、地理言語学・歴史言語学の方法論を検討する機会を持つことができ、本研究を推進するために役立った。また、2度の招待講演において研究成果に関する話題を提供した。また、研究最終年度末に予定している単著の執筆について、中国において具体的な出版のめどが立った。

2013年度活動報告

本研究は1)臨地調査と、2)データ整理・解釈に分かれる。
1)については、短期の臨地調査を3度行い、雲南省香格里拉県および維西県において合計5種のカムチベット語方言(Choswateng, Myigzur, Phuri, Gagatang, sKobsteng)の語彙・文法調査を行った。また、次年度の調査に向けて、村落の選定を行うための基礎情報を収集した。また、村落に伝わる宗教文献も収集し、それにまつわる村民の歴史を口頭で語ってもらい、言語資料として供するだけでなく、移民の年代・状況などを把握する史料的価値のあるものを収集できた。
2)については、まず収集した言語データは電子的にデータベース化し、検索可能な電子的資料を作成した。次に、言語地図を作製するベースとして、フリーソフトMANDARAおよびGoogle Mapsの性能比較を逐次行い、その機能性から、当初予定していた前者ではなく、後者をベースとすることに決定した。また、作成した言語地図を解釈する方法を検討し、語彙形式の多様性に富む語、少数の特定の語彙形式が用いられる語、音韻対応のみが問題になる語、と種別を分けて解釈を加える見通しが立った。
以上の成果に基づいて、論文を4件発表し、口頭発表を3件行った。口頭発表の際には、参加者との交流において、地理言語学の方法論を検討する機会を持つことができ、本研究を推進するために役立った。また、研究最終年度末に予定している単著の執筆について、基本計画を立てた。