漢族的特色の空間利用とエスニシティの再編――中・越隣接エリアの調査研究(2013-2015)
目的・内容
中国/ベトナムの隣接区は、多数の少数民族が居住することで知られているが、最近、漢族を資源として地域的特色を出し、地域経済を推進する動きが強まっている。本研究は、こうした最近の動向に焦点を当て、地方政府、開発業者、旅行会社、地域住民、華僑等が、どのように漢族文化を用いて地域空間の特色を生産してきたのか、国境を超えたポリティクスについて解明することを目的とする。同時に、漢族的な地域空間の生産が、現地の漢族間、漢族/少数民族間関係を再編してきた過程についても明らかにする。本研究では、国境を超えて活動する漢族の下位集団として、とくに客家および客人に焦点を当てる。
活動内容
2015年度活動報告
本科研では、中国とベトナムの国境ライン、すなわち中国の広西チワン族自治区、雲南省、ベトナム東北部のクアンニン省などにおける漢族の文化表象、空間/景観形成、エスニシティの再構築について調査をおこなってきた。従来、これらの地域では中国に出自をもつ少数民族の研究は盛んに行われてきたが、漢族についての研究が乏しかったため、まず中国-ベトナム国境ラインの漢族についての理解を深めた後で、漢族文化を資源とする空間的特色の形成について調査をした。
その結果明らかになったことは、中国南部では華僑や客家など漢族の下位集団の文化を特色として抽出し、街づくりや村おこしをしようとする動きが、ここ10年間のうちに高まっているということであった。このなかには少数民族だけに飽き足らず漢族を文化資源として観光化や経済投資の誘致に生かそうとする戦略が見え隠れしており、それにより、例えば客家と名乗っていなかった人々まで客家としてのアイデンティティを強め文化産業に従事するなど、エスニシティの再構築がみられた。
他方で、ベトナム北部では、1970年代末の華人排斥運動の影響で大多数の漢族住民が移住しており、現地に残った漢族も漢族としての出自や文化を隠してきた。ただし、彼らはベトナム南部、もしくは中国、アメリカ、オーストラリアに移住するにつれ、漢族の新たな特色を発見し、それを強調するようになっていることが今回の調査で判明した。特に、華人排斥運動の前にクアンニン省に住んでいたンガイ人は、移住により客家としての自意識に目覚めるようになり、一般的に客家文化と表象される要素を特色ある資源として生かすようになっている。また、彼らは海外から中国南部の空間政策に寄与することもあり、移動により形成されたグローバル・ネットワークが漢族の空間的利用に重要な役割を果たしていることも明らかとなった。
2014年度活動報告
中国、ベトナムの国境際において漢族的特色を用いて地域開発をする傾向は、現在、中国とベトナムの双方で強まっている。そのうち、有力な資源の一つとなっているのが、「僑郷」という言説を用い、ある空間が華僑の故郷であることを強調することで、地域開発を促進するものである。本研究は、雲南省南部の紅河州において、「僑郷」ととしての空間がいかに生産されてきたかを、役人、学者、住民などのインタビュー等から明らかにすることができた。さらに、四川省成都市や広西チワン族自治区の博白県、陸川県、北海市など、国境より少し離れた地域でも、漢族文化(客家文化)を利用した文化創造と地域開発が促進されていることが分かった。他方で、ベトナム側では、漢族が少なく、中国系住民の行動が規制されている北部で、漢族的特色を目に見える形でアピールすることをしていない。ただし、ホーチミンなど南部のホア人、ンガイ人らは、漢族的特色を利用したエスニック空間を形成している。なかでも、ンガイ人は、ベトナム北部から南部に移住した集団であり、護国観音廟を中心に独自のネットワークとアイデンティティを形成していることが分かった。さらに、それらの形成は、ベトナムだけにとどまることなく、中国、さらにはアメリカ、オーストラリア等とのネットワークが無視できない。本研究では、ベトナムと中国を架橋するンガイ人とホア人客家の越境ネットワークと、それによる空間的特色の創造の過程を明らかにすることができた。
2013年度活動報告
本科研は、特に漢族の一エスニック集団である客家に焦点を当て、中国広西チワン族自治区、雲南省、ベトナムで調査をおこなった。具体的な調査の項目は、主に、(1)中国からベトナムへの客家の移住、(2)ベトナムにおける客家の社会文化生活とアイデンティティの所在、(3)ベトナムにおける漢族(客家)的特色の主張と社会空間の再生産、(4)ベトナムから中国への帰還と文化的フィードバック、(5)広西チワン族自治区と雲南省における客家的特色の主張と政府の空間政策、の5項目にわたっている。現段階の調査によって明らかになったのは、以下の二点である。
第一に、ベトナムにおける客家の研究は、世界的に非常に限られており、特に現代の民族誌的研究が皆無に近い。それゆえ、ベトナムにおける客家の民族カテゴリー、ルーツ、移動、社会組織、生活文化、アイデンティティについて現地で聞き取り調査をおこなった。その結果、ベトナムでは、客家は、ホア族、ンガイ族など複数の民族に属しており、前者は広東省、後者は広西チワン族自治区をルーツとしている。特に、前者に関しては客家アイデンティティが強く、客家文化の特殊性を強調し、観音閣など客家を体現する空間を形成している。逆に、後者は、ほとんど客家としての自己認識をもたず、さらに中国、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどに再移民している。
第二に、中国では、ベトナムに隣接する広西チワン族自治区の防城港市が、最も多くのンガイ族客家を輩出していることが明らかになった。しかし、ここでは政府が客家を利用した空間政策をおこなっていないため、特に中高年層ではンガイを自称し、客家としての自己認識に乏しい。逆に、ベトナムの国境際から少し離れた北海市、玉林市では政府が客家を利用した空間政策を実施しており、客家ではなかった他の漢族までが客家を自認する現象が顕著になっていることが明らかになった。