国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中国大興安嶺における生業環境の変化とトナカイ飼養民の適応形態:19420-2010(2013-2015)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 卯田宗平

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、中国東北部の大興安嶺森林地帯でトナカイ飼養を続けるエヴェンキ族らを対象に、(1)新中国成立前から集団化の時代、改革開放を経て現在に至るまでの生業環境の変化と彼らの生計維持のメカニズムを明らかにし、(2)肉生産を主目的とするスカンジナビア三国やシベリアにおけるトナカイ飼養の事例と対比することで本事例の固有性と類似性、違いを生み出す要因を導き出す。この作業を通じて、本研究ではトナカイ飼養民の生き方や生業文化をめぐる人類学的な議論に新たな事例と見解を加える。

活動内容

◆ 2015年10月より転入

2015年度活動報告

本年度の研究目的は、中国大興安嶺でトナカイ飼養を続けるエヴェンキ族らを対象に、彼らがトナカイの角生産に専業化する過程でいかに技術的な対応をしたのかをより具体的に明らかにすることである。調査の結果、角生産の専業化のなかで「仔トナカイへの人為的な介入」と「繁殖期に未去勢オスから仔トナカイを守る」という二つの技術が重要であることがわかった。前者は、角を採取する際に人間が接近しても恐れない馴化個体をつくるための技術である。この技術は、①母トナカイをキャンプ地の近くで出産させ、②母トナカイのまわりにいる仔トナカイを捕まえて首紐をつける。そして、③仔トナカイを繋ぎ止め、母トナカイを放ち、しばらくして戻ってきた母トナカイを捕まえて仔トナカイを放つ。この時期、母子をキャンプ地周辺で捕まえては放つ作業を繰り返すことで「人間に触れうる親和性」を確立させようとするのである。もうひとつ重要な技術は「繁殖期に未去勢オスから仔トナカイを守る」ことである。かつてエヴェンキ族らは数頭の種オスを残してすべて去勢していた。その後、角生産の専業化を進めるなかでオスの去勢をすべて止めた。これは、オスを去勢すると角のサイズが小さくなり、商品価値が下がるからである。しかし、オスの去勢を止めると繁殖期に群れ管理が難しくなる。こうしたなか、彼らはトナカイが繁殖期を迎える前の8月下旬にカラマツを切り倒し,それを組み合わせて大きな柵をつくり、そのまわりに格子状の鉄線を張りめぐらす。そして、繁殖期になると夜間に仔トナカイを柵に入れることで攻撃的になった未去勢オスから守るのである。柵を使用した仔トナカイの保護は10月初めまで行われる。このようにエヴェンキ族らは、角生産に専業化するなかで、仔トナカイへの人為的な介入と保護という働きかけをおこない、彼らにとって「生業の対象」となったトナカイの個体数を増やしていたことが明らかになった。