国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

台湾原住民族の分類とアイデンティティの可変性に関する人類学的研究(2014-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 野林厚志

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、台湾のオーストロネシア系先住諸民族(「原住民族」)の制度的民族分類下で形成されてきたエスニシティの動態を個人ならびに集団のレベルで観察、分析し、民族への帰属意識と集団のエスニシティとの関係に関する人類学的モデルを構想することである。具体的には、1.社会関係(親族関係、コミュニティ関係)、2.言語(ヴァナキュラー、公用語、交渉語)、3.物質文化、4.文化実践(儀礼、年中行事、社交活動)、5.生業(生計、経済活動)を分析の対象とし、個人の意識と帰属集団のエスニシティとの間に存在する共通性とずれを現地調査ならびに歴史資料の渉猟を通して明らかにする。その上で、公的な民族認定が個人やコミュニティをこえながらエスニシティを規定する作用と、個人やコミュニティが主体となりエスニシティを公的に実体化させていく反作用が交錯する中で民族集団が社会の中で位置づけられていく過程を明らかにする。

活動内容

2017年度活動報告

当初研究計画にもとづき、研究代表者、研究分担者がそれぞれの役割に関するフィールド調査、文献調査を実施した。研究計画の最終年度にあたることから、台湾における国際研究集会への参加、最終報告書の編集に着手した。
野林(研究代表者)は、1970年代の物質文化資料および写真資料の調査を実施し、原住民族のエスニシティが民族間を交錯して表象されていたことを検証した。宮岡(研究分担者)は、ツォウ集落内の文化施設で開催された、伝統祭祀に関する展示および過去に撮影された村人の肖像写真の展示の調査を行い、エスニシティが人々に相互確認される場の生成およびそこで活用される文化資源に関するデータを得た。また、今日の原住民族のエスニシティ構築に至る以前の状況に関連する文献の収集・分析を進めた。松岡(研究分担者)は、パイワン族の文化実践についての参与観察記録調査を実施した。具体的には、毎年、夏期に行われる民族最大の祭典である豊年祭で、民族文化に関わる多様な実践を把握している。また、春節時に開催されることの多い結婚式で、人生儀礼を通じた民族文化の表出についての知見を得た。森口(研究分担者)は、歴史的な変化以外に多くの人工的な変化が加わった言語であるヤミ語の伝承と歌謡の解釈のための資料を得る目的、同族の言語であるフィリピン側の言語調査を行い、ヤミ族の世界観の探究を行った。笠原(研究分担者)は、現地研究機関における資料調査によって、平埔族の新規民族認定に関する研究情報の収集を行った。また、日本統治時代最初期の台湾で画期的な平埔族分類を提示した伊能嘉矩の著作を時系列的に分析し、その所説に見出される矛盾と問題点を指摘する論考を発表した。
宮岡を除く4人は、第10回台日原住民族研究論壇(国立政治大学、台北)へ参加し、最新の研究動向掌握と本研究課題の成果について現地研究者、ソースコミュニティの成員と意見交換を行った。

2016年度活動報告

2016年度は、当初の研究計画に従い、研究代表者および研究分担者が役割に該当する課題について、フィールド調査、文献調査を実施した。
野林(研究代表者)は、国立民族学博物館が所蔵する資料の中でアイデンティティ表象の中心的役割を果たす衣類、装飾品の詳細調査を行い、物質文化におけるエスニシティ表象に関するデータを得た。宮岡(研究分担者)は、「正名運動」を展開するツォウの固有名の回復状況について調査を行い、エスニシティの公的な現れ方についてのデータを得た。笠原(研究分担者)は、現地研究者との学術交流を通し、2016年春の政権交代・新政権発足後における台湾原住民族の動向について関連情報の収集・分析を進めた。また、平埔原住民族(平埔族)に関する中文文献の入手に努め、次年度執筆の論文の準備を行った。松岡(研究分担者)は文化実践について、儀礼と食を中心に前年度の調査を発展的に継続させ、他の地域との比較研究を目的とした文化実践についての研究集会を開催した。森口(研究分担者)は、ブヌン語とヤミ語・イトバヤット語の調査結果の整理・編集とその検証を現地調査に基づいて行った。特にブヌン語北方言のテキストのコンコーダンスの作成と辞書の編纂、ヤミ語とイトバヤット語の語彙の文化的な観点からの比較検証に従事した。研究成果の公開は、台湾で開催された複数の国際ワークショップ(台湾国立政治大学主催・8月、国立民族学博物館・台湾原住民族発展中心共催・11月)に研究代表者、研究分担者が参加し、研究発表、ディスカッサント等を担当し、本科研プロジェクトとの実質的な連携をとった研究活動を行った。また、研究代表者の所属する国立民族学博物館で、エスニシティの外的表象を主題とした企画展示会「台湾原住民族をめぐるイメージ」を、台湾の研究協力機関である順益台湾原住民博物館と国際連携展示として開催し、研究成果の一般への発信を行った。

2015年度活動報告

本年度は当初計画にしたがい、各自の課題に関する現地・文献調査を実施し、他の科研課題との共催による国際ワークショップ「台湾原住民の姓名と身分登録-過去と現在をつなぐ文化・社会・制度-」(2015年12月12日、於早稲田大学)、台湾における国際研究集会『第8回台日原住民族研究論壇』(2015年10月29~11月1日)等で研究成果の公開と国内外の研究者との議論を行った。個別研究は以下の通りである。
代表者の野林は、台湾東部地域の原住民族の工芸生産とアイデンティティの関係に関する調査を継続した。特にトンボ玉装飾品制作における世代とジェンダーに関する予備的な調査を行った。分担者の宮岡は、2014年に新たに原住民族として公的に認定されたサアロアとカナカナブについて、日本統治期の民族分類の変遷を文献資料から明らかにするとともに、両族の正名(認定要求)に至る経緯およ び認定後の動向を他の原住民族の状況と比較考察した。また、ツォウの個人名の変遷の調査研究も行った。分担者の松岡は、台湾南部のパイワン族居住地域で、家屋の儀礼について実施当事者から聞き取り調査を行った。また学術会議や文献調査において原住民族の姓名について多くの情報を得た。分担者の笠原は、台湾原住民族の分類に関する清朝統治時代の漢語資料および日本統治下1930年代の資 料を収集し、論文・関連新著の書評等でそれらの資料に基づく研究成果を発表した。また、原住民族の新規認定とそれに伴うアイデンティティの変化について、現地研究者との学術交流を通して意見交換し、次年度の研究の見通しを得た。分担者の森口は、イトバヤット島でのある神父の宣教活動を現地の人達の報告を基にイトバヤット語と英語の対訳で記録・編集を行い、現地還元もあわせた印刷物 、電子媒体の刊行した。また、蓄積してきた台湾の北ブヌン族の口承伝承の記述整理と編集、語彙集の作成の整理調査を行った。

2014年度活動報告

当該年度は当初の研究計画にしたがい、(1)研究課題全体の枠組を確立するための予備調査を代表者ならびに分担者が実施、(2)研究課題の内容に精通している現地の研究機関の担当者、現地台湾の研究者、日本および台湾以外の研究者と研究情報の交換を行った。
(1)については野林(代表者)が民族集団内のサブエスニシティの形成と物質文化との関係についてパイワン族ならびにタイヤる族社会を事例とする調査を、宮岡(分担者)が民族集団の分裂とエスニシティの再構成における政治資源と文化資源の位置づけについてツォウ族社会を事例とする調査を、松岡(分担者)が個人とエスニシティとの関係を探究するうえで基礎となる家系や家に対する認識の基礎データをパイワン族を対象に、森口が言語現象の変化とエスニシティの動態との相関について、タオ族と隣接する外部集団、ならびにブヌン族を事例とする調査を、笠原は社会関係の変化とエスニシティとの関係の基礎資料の状況調査を国内の大学、研究機関等に所蔵されている資料を対象に実施した。
(2)については、野林、宮岡、森口、笠原が国立政治大学で開催された国際研究集会に参加し、成果の発表を行うと同時に、現地ならびに海外からの研究者の研究報告について議論を行い最新の研究成果と研究動向の把握を行った。また、行政院原住民委員会担当者、国立政治大学、国立台湾史前文化博物館の研究者とも懇談し研究計画全体についての説明と現地調査における留意事項等の把握を行った。また、野林、松岡は中央研究院民族学研究所で開催された国際研究集会に参加し、成果の発表を行うと同時に、現地ならびに海外からの研究者の研究報告について議論を行い最新の研究成果と研究動向の把握を行うとともに、同研究院民族学研究所ならびに歴史語言研究所の研究者と研究情報の交換を行った。