北方寒冷地域における織布技術と布の機能(2014-2016)
目的・内容
当研究の目的は、北方寒冷地域における繊維素材、そこから作られる織物(布)、素材と織物を製作するための道具(製糸用具と織機)と技術を、比較民族学と生態人類学を組み合わせた観点から分析することにある。研究対象とする北方寒冷地域としては、北海道、サハリン、極東ロシア、シベリアを想定している。これらの地域は冬に零下数十度の低温となるため、防寒性能が高い毛皮やなめし皮などの動物素材の衣服が一般的だが、比較的南の地域では繊維素材の布の服も使われ、独自の布も作られる。その典型がアイヌのアットゥシである。本研究では布素材の使用と製作の北限を明らかにするとともに、寒冷地における独自の繊維と布の衣服の性質と性能を動物の皮革や魚皮との比較から明らかにして、人間文化の寒冷地への適応過程の一端を明らかにしたい。
活動内容
◆ 2016年4月より転出
2015年度活動報告
平成27年度は、ロシアではサンクトペテルブルクにある2つの博物館とウラジオストークの博物館、国内では北海道と東京の博物館を中心に調査を行った。
具体的には、まずロシアでは平成27年8月30日から9月3日の日程で、ロシア科学アカデミーピョートル大帝記念人類学民族学博物館とロシア民族学博物館で、西シベリアのハンティの伝統的な織物と衣装、北海道と樺太のアイヌの織物と衣装の熟覧とデジタル顕微鏡を用いた素材分析を行った。ウラジオストークでは沿海州立郷土博物館でアイヌのイラクサ製の「テタラペ」と呼ばれる衣装を3点熟覧した。北海道では、白老町のアイヌ民族博物館(4月20日、21日)、旭川市の旭川市博物館(4月22日)、苫小牧市の市立美術博物館(4月23日)、札幌の北海道大学北方生物圏フィールド科学センター植物園博物館(7月15日~17日)、道立北海道博物館(7月18日、19日)とその他10月から11月にかけて浦河、様似、伊達紋別などで調査を実施した。東京では東京国立博物館(7月28日、29日)、早稲田大学會津八一記念館(7月30日)で調査した。国内の博物館では主にアイヌの木綿衣(ルウンペ、カパラミプ)と刀掛け帯(エムシアツ)を中心に熟覧と顕微鏡による素材分析を行った。熟覧した資料の数は、集計が終わっていないので正確な数字はまだないが、200点を超える。その結果、アイヌやハンティなどの北方諸民族に見られる靭皮繊維、草皮繊維などの伝統的な繊維による糸づくりの変遷、絹、木綿、羊毛などの輸入繊維製品の使用状況の変遷過程をある程度復元することができるようになった。ことにアイヌの衣文化に関しては、従来考えられてきた以上に高級な素材をふんだんに使っていることがわかるとともに、時代が下るに連れて素材の質が低下していくことも判明した。
2014年度活動報告
○平成26年4月10日 第1回の全体会議を開催し、連携研究者全員に本プロジェクトの目的と意義と本年度の計画を説明した。
○6月23日~30日 研究代表者(佐々木)、連携研究者(吉本)がロシア、サンクトペテルブルクにあるロシア民族学博物館と人類学民族学博物館において、ブリヤート、ハンティ、タタール、アイヌの織機と自然繊維の織物、木綿製の衣服の調査を行った。
○7月13日~17日 研究代表者(佐々木)、連携研究者(吉本、日高)が札幌、静内、千歳の博物館でアイヌの古い衣服と出土した擦文文化期の繊維断片に関する調査を行った。
○7月29日~8月1日 連携研究者(吉本、日高、齋藤)が旭川、釧路、札幌の博物館でアイヌの古い衣装の調査を行った。
○8月3日~17日 研究代表者(佐々木)がロシア連邦ブリヤート共和国において、ブリヤートと古儀式派の織機と織物の調査を行った。
○9月17日~23日 連携研究者(齋藤)が阿寒でアットゥシと織機、テタラペの調査を行った。
○10月14日 第2回目の全体会議を開催し、平成26年度前半の活動を報告した。
○11月15日~18日 研究代表者(佐々木)、連携研究者(吉本、日高)が函館、札幌、釧路の博物館においてアイヌの古い衣装とオホーツク文化期の繊維断片に関する調査を行った。
○平成27年1月19日~21日 連携研究者(吉本)が札幌、白老でアイヌの古い衣装に関する調査を行った。
○2月23日第3回全体会議を行い、今年度の調査報告を行った。
以上の調査と研究会の実施により、まず、アイヌの衣装について、ロシアの博物館が所蔵するものと釧路の博物館が所蔵するものとが同じ北海道虻田町近辺で作られたものであることが判明した。擦文文化期の道東の布の断片の調査から、擦文文化期末には現在よりも高度な織布技術があったこと、オホーツク文化期の千島列島出土の布の断片から、アイヌ以外の北方民族でも織布技術を持っていたことが判明した。