国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

社会的なるものの生態学――イタリアの社会協同組合を軸とした統治と連帯の人類学的研究(2014-2016)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 松嶋健

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、イタリアの社会協同組合を中心とする中間集団において、人々がいかにつながりを創出しているかを見ることで「社会的なるもの」の生起の様態を描き出し、地域の「厚み」として感じられるものの実質を明らかにすることにある。現在イタリアでは、高水準の失業率と公共サービスの貧困に人々は直面しており、国家をあてにしない共同性への希求は大きい。社会協同組合のような場に注目することは、国家による統治と個人の自己統治の両方をぬけ出て人々がどのようにして集合的な生を形づくっているかを明らかにし、「社会的なるもの」の次元についての考察を深めるのに役立つと考えられる。
具体的には、イタリア各地の社会協同組合を取り上げ、基本情報の収集の他、参加者が協働のなかでどのようなインタラクションを行なっているかを参与観察とインタビューによって調査する。また、人々が他の中間集団(教会、カトリック系団体、アソシエーション、家族)との関わりでどのようなつながりを生きているかについても調べ、そこから得られた知見を、ヨーロッパにおける「社会的なるもの」をめぐる思想と運動の系譜と突き合わせつつ、現代における「社会的なるもの」のあり様について検討する。

活動内容

◆ 2015年9月より転出

2015年度実施計画

本年度は、まず前年度に収集した資料を読み込み、それぞれの社会協同組合の特徴や問題点、今後の方向性について把握し、さらなるフィールドワークを実施する社会協同組合をいくつかに絞り込む作業を行なう。その後、現地とコンタクトをとって交渉し、夏期にフィールドワークを受け入れてくれるところを決定する。イタリア北部・中部・南部の三つの町の少なくとも三つの社会協同組合で調査することを考えている。
夏に1~2ヵ月ほどイタリアにわたり、すでに受け入れ許可の得られた社会協同組合において、参加者たちが共に働きながらどのようなインタラクションを行なっているか、組合の外の生活とのつながりはどのようなものであるかなどの点に焦点を当ててフィールドワークを実施する。
帰国後、現地でえられた調査結果をまとめるのと並行しつつ、EUを中心とする協同組合、社会的企業、アソシエーションなどについての文献や「社会的なるもの」をめぐる思想についての文献の調査をすすめ、多文化間精神医学会など国内の学会で研究発表を行なう予定である。こうした研究発表をもとに、Journal of Mediterrane an StudiesあるいはMediterranean Quarterlyなど、地中海地域の研究者が寄稿している国際学術雑誌への投稿を目ざす。

2014年度活動報告

本年度は、イタリアにおける社会協同組合の現状を全般的に把握することに重きをおいた。そのためにまず平成26年6月から3カ月間の現地調査において、首都ローマ近郊、イタリア北部、中部、南部それぞれの社会協同組合を訪問しインタビュー調査を実施した。さらに平成27年3月には2週間の短期現地調査を実施し、特に社会協同組合と公的な精神保健サービスとの連携についての補足調査を行なった。これらの調査から見えてきたのは、欧州におけるサード・セクターの希望の星とみなされてきた社会協同組合の苦境であった。とりわけ1991年の法律381号による社会協同組合の法制化以降、公共セクターとの連携、別の言葉で言えば「相互依存」を深めてきた社会協同組合にとって、近年のイタリアの経済危機は直接的に多大な影響を与えている。
各地の社会協同組合は、現在の苦境を独自の工夫によって乗り越えようとしているが、その方向性の違いは各社会協同組合を取り巻く地域の特性の差異によるところが大きいように思われる。解決への道筋は大きく三つの方向性に分類することができるが、こうした知見の一部については、平成27年3月に開催された京都大学地域研究統合情報センターの共同研究プロジェクト「南欧カトリシズムの変容と福祉ビジネスの展開に関する地域間比較」の研究会において、"The Role of Social Cooperatives in Mental Health Service in Italy"というタイトルで報告を行なった。社会協同組合を取り巻く状況の変化とそれに伴う社会協同組合自体のあり方の変化は、イタリアの中間集団の特徴を逆によく照らし出すものであり、現代における「社会的なるもの」の次元の考察にとって有益な、多くの具体的な材料を提供することになった。