植民地インドにおける商業カーストの邸宅建築に関する基礎的研究(2014-2016)
目的・内容
本研究は、英領インド期に植民地経済への参与で大きな成功を収めた2つの商業カースト、すなわち北インドのマールワーリーと南インドのチェッティヤールが、獲得した富を財源として故郷の集落に造営した邸宅建築群の変容を比較考察するものである。彼らは植民者と被植民者のエージェントとして、経済面のみならず文化的局面においても西洋と東洋の相互交渉的関係を促進し、その交渉は結果的に植民地インドの民族意識を醸成した。本研究の目的は、(1)インド在地商人の自己表象=邸宅建築の構造および装飾形式の変遷を、南北インドそれぞれの伝統や地政学的状況を踏まえて読み解くこと、(2)インドにおけるカースト・民族・国家という多元的なアイデンティティが、エリートの言論によってのみならず、彼ら新興中産階級により、大衆的訴求力の高い視覚表象を通して一般社会へ還元されていた可能性を、美術史的観点から考察することである。
活動内容
◆ 2016年4月より転出
2015年度活動報告
前年度(平成26年度)に実施したカルカッタの商家建築に関する予備調査を踏まえて、これらの建築が一般開放される10月下旬の大祭の機会に実地調査を行い、建物内部の構造や装飾形式に関する詳細な記録を作成した。また、カルカッタの商家建築と都市発展の流れを包括的に把握するために、8月下旬から9月上旬までイギリスにおいて植民地政府が作成した都市計画に関する文書群を調査した。さらに、植民地インドの商家と都市の関係をより広くアジアのイギリス植民地との比較を通して相対的に理解することをめざし、平成28年3月にはシンガポールにおいて植民地政府の都市計画関係文書を調査するとともに、現存するインド系商業集団の建造物群の実地調査を実施した。
また平成26年度までの調査研究成果は、オーストラリアのアデレードで7月に開催されたThe 9th International Convention of Asia Scholar (ICAS9)、京都で8月に開催されたThe 17th World Economic History Congress、大阪で10月に開催されたInternational Workshop "Representing Marwaris in 1920s-30s India"、東京で12月に開催されたThe 4th International Congress of Bengal Studiesという4つの国際学会、そして9月に東京で開催された日本南アジア学会全国大会において発表した。また8月には、国立民族学博物館友の会講演会において研究内容を一般に紹介した。
2014年度活動報告
今年度は研究課題実施初年度にあたり、当初計画どおり北インド・ラージャスターン州シェーカーワーティー地域におけるフィールドワークに加えて、イギリスにおける関連資料の調査を実施した。
平成26年8月20日~9月4日にかけて実施した資料調査は、スコットランド国立図書館(エジンバラ)と大英図書館(ロンドン)において、本研究課題の調査対象である植民地インドの商家建築に関する同時代の言説を把握するため、都市計画や公衆衛生に関する報告書などの一次資料を網羅的に閲覧調査した。
この資料調査によって得られた知見をもとに、フィールドワークの実施地域として当初計画のシェーカーワーティー地域に加えて、当該地域の商家建築の施主が経済活動を展開し、同様の建造物を建てていた旧英領インド首都のカルカッタも含めることとし、平成27年2月12日~3月4日にかけて現地調査を行った。具体的な調査内容は、シェーカーワーティー地域の複数の集落において、植民地期の商家建築(ハヴェーリー)について集落内分布図を作成すること、構造的・様式的特徴に基づく造営年代の比定を行うこと、写真と概略平面図およびスケッチによる基礎資料を作成することであり、順調に調査計画を遂行することができた。またカルカッタにおいても、シェーカーワーティー地域出身商人(マールワーリー)が造営した商家建築や寺院について、同様の方法論を用いて基礎資料を作成した。
さらに調査成果をエジンバラ大学南アジアセミナー(平成26年10月)、日印共同シンポジウム(平成26年12月)といった国際学術会議のほか、国内の複数の研究会においても発表した。