中国石窟芸術技法・材料の解明による美術史観再考――麦積山石窟を事例として(2014-2015)
目的・内容
中国仏教美術史は、長年に亘る研究により体系化された学術領域として存在する一方で、近年では中国仏教美術に対する文化財科学の手法を用いた調査・研究も進められている。しかしながら、両分野の研究目的や手法は必ずしも一致しておらず、学術の発展のために同一の土俵での議論が必要とされる。本研究は、麦積山石窟に現存する塑像・壁画を対象として、両分野に跨る複合領域的なアプローチにより、これまで扱われてこなかった視点からの議論を展開し、新たな知見を提出する。本研究を通じて、文化財科学においては、現場で応用可能な汎用性のある光学調査法が確立され、古代において使用された技法・材料や劣化要因に関する新しい知見が提示されることが想定される。一方中国仏教美術史においては、新しい視点による編年観や石窟芸術制作に携わった工人の特徴や系統、地域性が明らかにされることが見込まれる。
活動内容
2015年度活動報告
本研究は、文化財科学および仏教美術史の両分野からの複合的なアプローチにより、中国仏教石窟の研究に、新たな視座を提示することを目的とし、二ヵ年の計画で進めた。本年度は、主に下記三点の成果を得た。
1)可搬型実体顕微鏡等を用いた目視調査および狭帯域LED光源を用いた光学撮影法により、麦積山石窟に現存する壁画の材料・技法に関する科学的なデータを取得した。本データは、美術史編年との比較を行う上で基礎情報となる。また、計26種類の彩色材料で作成した彩色プレパラート等を試料として、偏光撮影法を応用した基礎実験を実施し、狭帯域LED光源を用いた光学調査法の有用性を明らかにした。本研究成果の一部を、日本文化財科学会第33回大会(2016年6月、奈良大学)にて発表予定である。
2)敦煌莫高窟の千仏図を対象として、規則的な描写方法の解析、および千仏図の描写設計の検証を行い、千仏図を通した敦煌莫高窟の造営の展開について考察を行った。同時に、麦積山石窟、炳霊寺石窟に描かれた千仏図の描写方法を調査し、敦煌莫高窟の千仏図との比較検証を行い、中国甘粛省の仏教石窟における千仏図の展開について考察した。千仏図が有する規則的な配色パターンは、科学的なデータと融合させることにより、発展的な研究の可能性を包含する。本研究成果の一部を、中国仏教美術考古セミナー2015(2015年8月、成城大学)および日本中国考古学会2015年度大会(2015年12月、成城大学)にて発表した。また、『佛教藝術 第347号』(毎日新聞社、2016年7月)に論文が掲載される予定である。
3)平成26年度に実施した麦積山石窟の壁画片の非破壊材料分析および光学調査の成果を、日本文化財科学会第32回大会(2015年7月、東京学芸大学)および2015東アジア文化遺産保存国際シンポジウム(2015年8月、奈良春日野国際フォーラム甍)にて発表した。
2014年度活動報告
本研究で用いる調査法のひとつである光学調査法について、紫外光・可視光狭帯域光源および各種の光学フィルターを用いた検証実験を行い、各条件による分光特性などの基礎データを取得した。そして、国立民族学博物館所蔵の資料および麦積山石窟の壁画片を対象として本手法を応用した調査を行った。その結果、狭帯域光源を用いた観察方法の有効性が確認できたと共に、可視光域における蛍光の可視化を行うことができた。
あわせて、麦積山石窟壁画片に対して、デジタル顕微鏡を用いた微細部観察、蛍光X線、X線回折による非破壊材質分析を実施した。その結果、光学調査の結果と比較するための基礎データが取得されたと共に、壁画の技法・材料に関する新たな知見が得られた。
また研究対象地である麦積山石窟および敦煌莫高窟にて、実地調査を行った。麦積山石窟では、現場に現存する壁画や塑像について現状調査を行い、その技法や材料について整理を行うと共に、現地研究者と今後の研究の展開について協議を行い、翌年度に実施する調査の候補を選定した。 敦煌莫高窟では、北朝期窟(5、6世紀)を対象に目視による調査を実施し、主に千仏図像の配色による規則性を明らかにし、窟内空間における同図像の機能について考察を進めた。