本書は平成12-13年度に行った民博共同研究会「南アジア音楽芸能研究の再検討」の成果報告書である。この研究会には2つの目的があった。第1の目的は民族音楽学と人類学の学問的交流の促進である。北米における南アジア音楽・芸能研究では、民族音楽学と人類学の盛んな交流から大きな成果を出しているが、日本ではこの2分野間の交流が十分ではなかった。本研究会は、専攻分野の異なるメンバーが、研究視点・方法論を相互に検討することによって、音楽学と人類学を統合する新しい方向性を探ることを目的とした。第2の目的は、その成果を欧文の論文集として刊行することであった。日本人研究者による南アジア音楽・芸能研究の成果はほとんど日本語により発表されているため、優れた研究が存在するにもかかわらず、国外の研究者の批判・検討の対象とならないばかりか、その存在すらほとんど知られていない。今回この報告書を出版することにより、日本の研究状況を海外に紹介するだけでなく、今後の交流促進の一助としたい。
本書の中核をなす研究論文が扱うテーマは、スリランカの大衆歌謡と社会変化、北インドにおける婚姻儀礼の歌と女性の社会的地位、カルナータカ州の民俗宗教とコスモロジー、 北インドの宗教儀礼における音楽と信仰心の伝承、タミルナードゥ州の地方宗教劇における宗教と芸術の相克、南インド古典音楽における演奏の多様性、北インド古典音楽における音楽資産と親族関係、南インド古典音楽界への異議申し立て運動、タミルナードゥ州におけるナショナリズムと演劇、日本におけるインド映画の受容、タミルナードゥ州のヒンドゥー寺院舞踊彫刻など多岐にわたっており、日本人研究者による研究の広がりと特色が示されている。