国立民族学博物館研究報告 1999 24巻2号
目 次
カナダにおける都市在住イヌイットの社会・経済状況 ─モントリオール地区の調査報告を中心に─ |
岸上伸啓 |
205 |
韓国博物館史における表象の政治人類学 ─植民地主義、民族主義、そして展望としてのグローバリズム─ |
全 京秀 |
247 |
縄文土偶と女神信仰 ─民族誌的情報の考古学への体系的援用に関する研究( Ⅲ )─ |
渡辺 仁 |
291 |
『国立民族学博物館研究報告』寄稿要項 |
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461 |
『国立民族学博物館研究報告』執筆要領 |
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462 |
BULLETIN OF THE NATIONAL MUSEUM OF ETHNOLOGY Vol. 24 No. 2 1999
Kishigami, Nobuhiro |
Current Socio-Economic Situation of Urban Inuit in Canada: A Case Study from Montreal |
205 |
Chun, Kyung-soo |
Representing Colonialism and Nationalism in the Korean Museum |
247 |
Watanabe, Hitoshi |
Jomon Clay Figurines and the Goddess Cult: An Ethnoarchaeological Study, part 3 |
291 |
カナダにおける都市在住イヌイットの社会・経済状況
─モントリオール地区の調査報告を中心に─
─モントリオール地区の調査報告を中心に─
岸 上 伸 啓*
Current Socio-Economic Situation of Urban Inuit in Canada:
A Case Study from Montreal
A Case Study from Montreal
Nobuhiro Kishigami
カナダにおいては1980年代に入ってから,多数のイヌイットが都市に移動し,居住するようになった。1991年に実施された先住民人口調査によると,カナダ全体でイヌイットであるというアイデンティティを持つ4万9千人の中で,10万人以上の都市に住んでいる人口は8,300人あまりである。これらの都市在住のイヌイットの生活の実態はあまりよく知られていない。本稿では,カナダ国ケベック州モントリオール地区に在住するイヌイットの出身地,生活の実態,彼らの将来展望について報告する。そして彼らの文化やエスニック・アイデンティティがどのように変容しつつあるのかについて論ずる。1997年の時点では,モントリオール地区に在住するイヌイットは独自のコミュニティーや都市文化を形成していない。片親が非イヌイットであったり,モントリオール地区で生まれ育ったイヌイット出自の人はイヌイット語を話せなかったり,イヌイット的な生活様式を保持していなかったりするが,イヌイット意識は持ち続けている。この中には長期にわたる都市生活や異民族婚の結果,2つ以上のエスニック・アイデンティティを併せ持つ人が出現しつつある。
In 1991, 8,300 of the 49,000 Inuit in Canada were residing in several southern Canadian cities with populations over lOO,000. The overall living situation and conditions of urban Inuit in Canada are relatively unknown. In this paper, I will describe the reasons why Inuit migrated from their home communities to the urban environment of Montreal and their socio-economic situation as of 1997. I then will discuss changes in the life styles and ethnic identities of these “urban Inuit”. Inuit living in Montreal have not yet established a distinct community or
Urban culture. Rather, Montreal Inuit exhibit emerging multiple identities that may relate to such factors as prolonged city residence and marriage to non-Inuit. This urban sub-population generally does not speak Inuktitut nor practice “northern Inuit” ways of life, yet maintains “Inuit” as one of its several ethnic identities.
* 国立民族学博物館先端民族学研究部
Key Words:urban natives of Canada, Inuit, reasons for migrations, ways of life,
ethnic identity, economic situations, social networks
キーワード: 都市先住民,イヌイット,移住の理由,生活様式,エスニック・アイデ ンティティ,経済状況,社会的ネットワーク
キーワード: 都市先住民,イヌイット,移住の理由,生活様式,エスニック・アイデ ンティティ,経済状況,社会的ネットワーク
はじめに Ⅰ. 調査の目的と方法 Ⅰ-1. 調査の目的と方法 Ⅰ-2. 調査対象者について Ⅱ. モントリオール地区に在住するイヌ イット Ⅱ-1. 極北地域とモントリオール地区の 社会・経済的な諸条件 Ⅱ-2. 出身地 Ⅱ-3. モントリオール地区に来た理由と 定着の方法 Ⅱ-4. 在住期間 Ⅲ. モントリオール地区在住イヌイットの 生活の実態 Ⅲ-1. 生活と経済状況 Ⅲ-2. 住居と在住地区 Ⅲ-3. 食生活と健康状態 |
Ⅲ-4. 社会的ネットワ-ク ーー都市と故郷ーー Ⅲ-5. イヌイット語とエスニック・アイ デンティティ Ⅲ-6. 都市における社会問題 Ⅲ-7. 環境認識ー都市と極北の村ー Ⅲ-8. 将来 Ⅳ. 検討 Ⅳ-1. 移動 Ⅳ-2. 経済階層と社会的ネットワーク Ⅳ-3. 文化とエスニック・アイデンティティ Ⅳ-4. 都市在住イヌイットの将来 Ⅳ-5. 都市在住イヌイットの法的認定の 困難さ Ⅴ. 結びにかえて |
韓国博物館史における表象の政治人類学
─植民地主義、民族主義、そして展望としてのグローバリズム─
─植民地主義、民族主義、そして展望としてのグローバリズム─
全 京 秀*
Representing Colonialism and Nationalism in the Korean Museum
Kyung-soo Chun
博物館の概念は西洋における帝国主義及び植民地主義の拡大という脈絡とは無縁ではありえない。朝鮮総督府博物館は1915年に朝鮮王宮跡地に創設され,しかも博物館の名称自体が,植民地の民族に対する支配を明白に示していた。これを「植民地主義博物館」と私は呼びたい。
前者と対照をなす「民族主義博物館」は,米国軍政府の援助のもとでの独立と共に,最終的に建物・機構ともに前者に取って代わった。この博物館は1950年の朝鮮戦争の直前にソウルの人類学博物館と合併した。この意味ではこの博物館は,異文化を展示するという人類学的内容をもっていたわけである。
植民地時代には民族を支配するために,独立以降は民族とその政府にとって,古くからの由来や文化的価値,そして政治的正統性を提示することで,博物館は少なくとも植民地主義的利益と民族主義的利益のために尽くしてきたのである。
21世紀にはグローバリズムというキーワードが世界の中で我が国の博物館を示していく主要な課題となるかもしれない。
前者と対照をなす「民族主義博物館」は,米国軍政府の援助のもとでの独立と共に,最終的に建物・機構ともに前者に取って代わった。この博物館は1950年の朝鮮戦争の直前にソウルの人類学博物館と合併した。この意味ではこの博物館は,異文化を展示するという人類学的内容をもっていたわけである。
植民地時代には民族を支配するために,独立以降は民族とその政府にとって,古くからの由来や文化的価値,そして政治的正統性を提示することで,博物館は少なくとも植民地主義的利益と民族主義的利益のために尽くしてきたのである。
21世紀にはグローバリズムというキーワードが世界の中で我が国の博物館を示していく主要な課題となるかもしれない。
The idea of a museum cannot be divorced from the context of Western imperialism and colonial expansionism. The Government-General Museum of Korea (Chosen Sotokufu Hakubutsukan) was established in 1915 on the site of the Korean Palace with even the name of The museum carrying overtly the meaning of domination over the people in the colony. This was the colonialist museum, as I like to call it.
The nationalist museum by contrast eventually replaced the former in terms of the building as well as organization with independence under the auspices of the US military government. The museum incorporated the Museum of Anthropology in Seoul just before the Korean War of 1950. In this sense, between the colonialist era and the war the museum was carrying the content of anthropological ideas regarding other cultures.
Thus the museum has at least as often served colonialist as well as Nationalist interests, Providing evidence for the antiquity, Culturalmerit, And political legitimacy for ruling the people during colonial days as well as of a people and their government since independence.
In the 21st century, the key-word “globalism” could be the main Issue in formulating our museums in the world.
The nationalist museum by contrast eventually replaced the former in terms of the building as well as organization with independence under the auspices of the US military government. The museum incorporated the Museum of Anthropology in Seoul just before the Korean War of 1950. In this sense, between the colonialist era and the war the museum was carrying the content of anthropological ideas regarding other cultures.
Thus the museum has at least as often served colonialist as well as Nationalist interests, Providing evidence for the antiquity, Culturalmerit, And political legitimacy for ruling the people during colonial days as well as of a people and their government since independence.
In the 21st century, the key-word “globalism” could be the main Issue in formulating our museums in the world.
*ソウル大学人類学科
Key Words: Korea,museum,colonialism,nationalism,political anthropology
キーワード: 韓国,博物館,植民地主義,民族主義,政治人類学
キーワード: 韓国,博物館,植民地主義,民族主義,政治人類学
1. 序-理論と問題- 2. 歴史の隠蔽と捏造の政治学 -文化の脱脈絡化- 3. 開拓と植民の支配哲学 -文化の再脈絡化(Ⅰ)- |
4. 民族と国家の文化政治学 -文化の再脈絡化(Ⅱ)- 5 . グローバル化と未来化の博物館文化学 -文化の原脈絡化- 6 . 結語-新しい博物館のために- |
縄文土偶と女神信仰
─民族誌的情報の考古学への体系的援用に関する研究( Ⅲ )─
─民族誌的情報の考古学への体系的援用に関する研究( Ⅲ )─
渡 辺 仁*
Jomon Clay Figurines and the Goddess Cult:
An Ethnoarchaeological Study, part 3
An Ethnoarchaeological Study, part 3
Hitoshi Watanabe
* 国立民族学博物館共同研究員
Key Words: Jomon clay figurines, classification of the trunk form, waisted figurines (D-type), archaeological contexts, life cycle model of clay figurines
キーワード: 縄文土偶,胴形の分類,胴張り土偶(D型),出土状態,土偶の生涯モデル
キーワード: 縄文土偶,胴形の分類,胴張り土偶(D型),出土状態,土偶の生涯モデル
Ⅴ. 母性女神像信仰の系譜 -縄文土偶の位置- 1. 南東ヨーロッパ新石器時代の女人(女 神)像信仰 -北方ユーラシア旧石 器時代との連続性- (A) A型(台形胴型)及びB型(矩 形胴型)造形パターン-ヨー ロッパ的形枠構成の継承- (B) 女人像の出土状況と女神説の現 況 (C) 女人像分布の時代的空隙の説明 2. 極東北太平洋岸における新石器時代 及びそれ以降の女神像信仰 -北方ユーラシア旧石器時代との 連続性- (1)アムール新石器時代女人(女神) 像 (a) 「腕なし」乃至「腕・胴融合」 型兼「脚なし」乃至「両脚融 合」型造形パターン -ヨーロッパ・シベリア (北方ユーラシア)型四肢形 枠の継承- (b) C型(逆台形胴型)造形パター ン-シベリア(北方アジア) 型胴形枠の継承- (c) A型(台形胴型)造形パター ンの欠如 -シベリア(北方アジア) 的形枠構成の継承- (d) 頭部及び顔面の強調 -シベリア(北方アジア) 的造形理念の継承- (e) 蒙古人種的顔つきの表現 -シベリア(北方アジア) 的造形理念の継承- (2)日本新石器(縄文)時代女人(女 神)像 (a) 「腕なし」乃至「腕・胴融合」 型兼「脚なし」乃至「両脚融 合」型造形パターン -ヨーロッパ・シベリア (北方ユーラシア)型四肢形 枠の継承- |
(b) B型(矩形胴型)造形パター ン-ヨーロッパ・シベリア (北方ユーラシア)胴形枠の 継承- (c) C型(逆台形胴型)造形パ ターン-シベリア(北方ア ジア)型胴形枠の継承- (d) A型(台形胴型)造形パター ンの欠如 -シベリア(北方アジア) 的形枠構成の継承- (e) 腰張り土偶とD型女人(女 神)像造形パターン-新胴 形枠の発生と発展- (f) 頭部及び顔面の強調 -シベリア(北方アジア) 的造形理念の継承- (g) 蒙古人種的顔つきの表現 -シベリア(北方アジア) 的造形理念の継承- (h) 縄文土偶の起源と分布の濃淡 に関する消滅性素材モデル (3)日本民俗の山神(女神)像 Ⅵ. 縄文土偶即産神乃至家神 -出土状態の検証- 1. 現生狩猟採集民の偶像類の取扱い -場所と仕方- (Ⅰ) 使用と保管の場所と仕方 (Ⅱ) 最終的処理(final disposal)の 場所と仕方 2. 土偶の出土場所の検証 3. 土偶の使用法に関する若干の証拠と それらの相互関連性 4. 土偶の生涯モデル -破損状態の多様性の説明- (A) 道具期の土偶の生涯モデル -出土状態の検証- (B) 遺物期の土偶の生涯モデル -出土状態の検証- 5. 出土状態の検証-要約と結論- Ⅶ. 北方ユーラシアにおける女人(女神) 像の系譜と縄文土偶の位置 -要約と結語- |