国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

国立民族学博物館研究報告

国立民族学博物館研究報告 2017 42巻1号

2017年9月29日刊行

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目次

 

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概要

論文

 

 

情報考古学的手法を用いた文化資源情報のデジタル化とその活用
寺村裕史

 本論文では,人文社会科学の研究で重視される文化資源(資料)情報というものを,方法論や技術論の視座から整理し,実例をふまえつつ検討する。特に,考古学や文化財科学分野における文化資源に焦点を当て,それらの分野で情報がどのように扱われているかを概観し,考古資料情報の多様なデジタル化手法について整理する。
 文化資源としての文化財・文化遺産は,人類の様々な文化的活動による有形・無形の痕跡と捉えることができる。しかし,現状では,そこから取得したデータの共有化の問題や,それらを用いた領域横断的な研究の難しさが存在する。そのため,文化財の情報化の方法論や,デジタル化の意義を再検討する必要があると考える。そこで特に,資料の3次元モデル化に焦点を当て,デジタルによるモデル化の有効性や課題を検討しながら,その応用事例を通じて文化資源情報の活用方法を考察する。

1 はじめに
2 情報考古学と文化資源情報
  2.1 考古学・文化財科学における情報とは何か
  2.2 考古学における情報の取得に関わる研究略史
  2.3 情報考古学とは
3 遺跡・遺構の「形(カタチ)」に関する
3 次元情報の取得
  3.1 造山古墳のトータルステーションによるデジタル測量と3次元モデル化
  3.2 カフィル・カラ遺跡の3Dレーザースキャナを用いた3次元計測
  3.3 ダネッティ遺跡のSfMによる遺構の3次元計測
  3.4 デジタルで計測する利点とデジタルデータの活用
4 遺物の「形(カタチ)」に関する3次元情報の取得
  4.1 拓本と実測図
  4.2 遺物の3 次元計測と3Dモデル作成の方法
  4.3 3Dモデル援用のメリット・デメリット
5 博物館収蔵資料への応用
  5.1 文化資源情報としての3Dモデル
  5.2 3次元データの共有
6 おわりに

* 国立民族学博物館人類文明誌研究部

キーワード:情報考古学,3次元計測,3Dモデル,3Dレーザースキャナ,文化資源

 

 

物質文化を「翻訳」する
―国立民族学博物館における展示解説の多言語化実践現場から
山中由里子

 国立民族学博物館では開館30年を機に,「国立民族学博物館における展示基本構想2007」に基づいて,本館展示の大幅なリニューアル(新構築)が10年間かけて行われ,2017年3月に完了した。新しい展示構想では,モノが作りだされた文化的文脈を提示することの重要性と,国内外に開かれた「フォーラム」としての博物館の機能が説かれた。この構想のもとに展示場における解説メディアが増やされ,さらにその内容を非日本語話者にも伝えるため基本的な情報の日英併記が始まった。
 筆者は,全体のデザインや表現・用語にある程度の統一感を保たせるために設けられた「新構築総括チーム」の一員として,主に解説パネルやキャプションの内容(和文・英文)の監修にたずさわってきた。本稿では比較文学という筆者の専門領域から,展示場におけるモノの名付けの過程と多言語化の実践を翻訳理論に照らし合わせて分析し,文学作品などの一方向的な翻訳とは異なる,民族学博物館という場における多言語表記特有の問題点と,物質文化を「翻訳」するという行為の多重性と多方向性を明らかにする。


1 国立民族学博物館の展示新構築
2 博物館における多言語化―何を,誰のために訳すか?
3 物質文化の「翻訳」―モノに名前を付ける
4 開かれたテクストとしての展示
5 モノとの対話を実現するには

* 国立民族学博物館学術資源研究開発センター

キーワード:翻訳理論,物質文化,博物館学,展示新構築,文化解釈

研究ノート

 

 

オーストラリアの反捕鯨思想と人々の考える「理想的なオーストラリア」
前川真裕子

 本論は人々が考える「理想的なオーストラリア」を同国の反捕鯨思想の中から考察していくものである。長らくオーストラリアでは反捕鯨思想が広く支持されており,鯨に対する人道主義的な立場が取られてきた。先行研究では鯨に対する人道主義を,モラル・キャピタルといったトランスナショナルな反捕鯨思想の広がりの中で展開されてきた概念と共に考察し,動物との関係性から西洋近代的な人間像を追求していく人々の様子を明らかにしている。一方で本論は先行研究に依拠しながらも,これまでの議論では言及されることの少なかったオーストラリアに特有の歴史的,政治的,地理的な文脈から,同国で高まる反捕鯨の社会的背景を紐解いていく作業を試みたい。特に,「われわれのオーストラリア」や「われわれオーストラリア人」といった人々が想像する理想的なオーストラリアが,鯨を含む自然を媒介にして描かれる様子を彼らの語りから分析していく。

1 はじめに
2 鯨をめぐる問いから考察される「オーストラリア」
  2.1 オーストラリアの人道主義的な「正しさ」
  2.2 エコシステムと自然の超越性
  2.3 グローバル市民と生物学的な有機論
  2.4 南極大陸の開拓と国民的物語
3 結びに

* 京都産業大学現代社会学部

キーワード:反捕鯨,エコシステム,世界市民,南極探検,自然のなかの他者性

 

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