国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

客員研究員の紹介

ジェイムズ・サベールさん
James Savelle

紹介者:岸上伸啓(先端人類科学研究部教授)

平成13年9月1日付けで着任されたサベールさんは、カナダのモントリオールにあるマクギル大学人類学科の準教授である。専門は動物考古学と呼ばれる分野である。ここではサベールさんの略歴と現在の研究内容を紹介したい。

父君が転勤の多い職業軍人であったために、幼少時代から大学入学までをカナダ各地やイギリスで過ごした経験をもつ。サベールさんはオタワ大学で地質学を 学んだ後、地質調査会社に勤務しながら同大大学院の修士課程を修了した。彼は学生時代からカナダの高度極北圏にあるサーマーセット島で地質学調査に従事し ていたが、その地で考古学調査を行なっていたアーカンソー大学のマッカートニー博士に出会い、考古学研究を志すようになった。

アーカンソー大学人類学科の修士課程を1981年に修了した後、アルバータ大学人類学科博士課程に入学し、ヒッキー博士のもとで「移動と生業―セトルメ ント:カナダ中部極北圏における考古学的事例をもとに」を書き上げ、1986年に博士号を取得した。また、1985年から1987年まで2年間、ケンブ リッジ大学のスコット極北研究所で研究に従事した。1987年9月からマニトバ大学人類学科で1年間教鞭を取った後に、1988年9月にマクギル大学人類 学科に着任し、現在に至っている。

サベールさんはカナダやアラスカの極北地域で20年以上にわたって発掘調査に従事してきた考古学者であるが、遺跡を発掘し、出土品や遺構の記述・分析を 行なうだけの従来の極北考古学者とは異なり、探検家が残した記録や現在のイヌイットの生業活動に関する民族誌データ、動物遺存体の分析結果を考古学研究に 援用している。

現在、サベールさんは、西暦1000年から1600年頃にカナダ極北で栄えたチューレ・イヌイットのホッキョククジラ猟と資源管理に関する研究を行なっ ている。チューレ・イヌイットは西暦1600年頃に捕鯨を行なわなくなったことが知られている。現在のところ、この変化を説明するために、気候の寒冷化に よって夏季の海氷の状態が変化し、捕獲しうるホッキョククジラの頭数が減ったという仮説が提起されているが、チューレ・イヌイットによる捕鯨自体がホッ キョククジラの頭数減少の原因であったかどうかや、反対にチューレ・イヌイットは適切な資源管理をしながらホッキョククジラを捕獲していたかどうかに関し ては研究がなされていないという。サベールさんはアラスカ北西部の捕鯨社会に関する民族誌データをもとに、捕鯨社会であったチューレ・イヌイットの社会構 造の再構成を試みる一方、過去20年をかけて極北地域において収集してきたホッキョククジラの考古学資料を、骨の形態や大きさ、捕獲頭数、捕獲されたクジ ラの推定年齢、捕獲場所などの観点から分析を行なっている。

サベールさんは、チューレ・イヌイットが捕獲し、利用したホッキョククジラの性別や大きさに、統計的に有意な偏りが見られるならば、チューレ・イヌイッ トは特定の条件をもつホッキョククジラを意図的に捕獲、利用した可能性が高く、資源管理が行われていたのではないかと言う仮説をもっている。そしてコン ピューターを利用してクジラの個体総数の変動をシミュレーションし、チューレ・イヌイットによるクジラ捕獲がクジラの個体総数にどのような影響を及ぼして きたかを吟味することによって、この仮説を検証しようとしている。

筆者とサベールさんの付き合いは、すでに10年近くになる。サベールさんは根っからのフィールドワーカーであるが、ひとたび研究室に入れば朝から晩まで 極北考古学の研究に没頭している。ある友人が彼のことを「アークテックマニア」(極北狂)と称したほどである。その反面、おおらかなカナダ人であり、かつ 日本人以上にきめこまやかな心配りをする人でもある。とにかく好人物である。また、ビールが大の好物である。呑みに行く時は、気軽に声をかけてあげて欲しい。

ジェイムズ・サベール
  • ジェイムズ・サベール
  • 1950年生まれ。
  • 現在、マクギル大学人類学科準教授。専門は考古学。
  • 主要な研究テーマは先史イヌイットの生業・セトルメントのシステムやイヌイットとヨーロッパ人との接触である。
  • 主著にCollectors and Foragers(1987)がある。