国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

客員研究員の紹介

カノクサック・ゲーオテープさん
Kanoksak Kaewthep

【招聘期間:2003.10.1~2004.3.31】
紹介者:平井京之介(民族文化研究部助教授)
贈与の経済学から見た新しい社会運動のあり方

鍛えられた体に、自慢のおヒゲ、じつにダンディである。穏やかな物腰、いつも礼儀正しく、思慮深そうなお顔、制服を着たお写真は崇高と形容してもよい。パ リ大学で博士号を取得、仏語はもちろん英語も堪能で、タイの名門チュラロンコーン大学経済学部の準教授というのだから、近寄りがたい印象を与えても不思議 ではない。バンコクのイタリアン・レストランではじめてお会いしたとき、わたしも少なからずそう感じた。
親しくなるとこの印象はすぐに崩れる。明るく、気さくで、人なつっこい性格。どちらかというと、おしゃべりの部類だろう。いったん話しはじめると、早口で いつまでも止まらない。たどたどしい発音で、「チョット、チョット」や「スミマセン」を連発するカノクサック先生は、かなりかわいい。お酒が入ると、谷村 新司の「昴」を熱唱するらしい。その凛々しいお姿と親しみやすい性格とのギャップが、じつはカノクサック先生の最大の魅力である。

政治経済と仏教

カノクサック・ゲーオテープ先生は、中部タイ最北部、古都スコータイの出身である。タマサート大学および大学院で、ケインズ派の経済学を学んだ。卒業後 は、マヒドン大学やチュラロンコーン大学で教えている。87年にタイの農村運動に関する論文「タイ農村社会における構造変化と階級闘争」でパリ第7大学か ら博士号を取得した。近年は、チュラロンコーン大学大学院経済学研究科長や経済学部副部長を歴任した。奥さんは大学の同僚で、社会学者のカンジャナさん だ。大学では近代経済学なども教えるそうだが、経済と文化の関係に興味をもち、フィールドワークもすることから、カノクサック先生のご専門を経済人類学と 呼んでもよいだろう。これまでの先生の研究は大きく二つに分けられる。ひとつは政治経済学の理論に関するもので、ボードリヤールの理論を用いたタイ社会の 研究などが高い評価を得ている。もうひとつは仏教と経済発展の関係についての研究だ。階級闘争や弁証法といったマルクス主義的な分析枠組みと、仏教研究を 組み合わせることによって、新しい社会運動の可能性を考えている。

NGOと贈与の経済学

この6年間、カノクサック先生は、NGO支援活動の評価に携わってきた。タイに「教育運動の精神」という名のNGOがあり、リーダー養成のための教育プロジェクトをもっている。ここで教育を受けたリーダーたちが地元へ帰ってどのような活躍をしているかを、ミャンマー北部カチン族のバプティスト教会指導者をモデルケースとして取り上げ調査した。タイはいわゆるNGO先進国であり、NGO同士の連携や、支援活動のあり方などが課題となっている。草の根運動を支援するNGOの評価に関する先生の研究は援助活動の研究や実践に重要な示唆を与えるもので、タイ国内外で注目されている。 みんぱくにおける先生の研究課題は「贈与の経済学―仏教とNGO活動」である。最近、先生はタイの4つの地域で福祉活動や地域通貨、生協運動などを現地調査した。そこで得られたデータを贈与経済という概念を用いて分析し、福祉活動のあり方について理論的モデルを構築することを目指している。

趣味

タイに比べてあまりに寒いので、日本では家や図書館に閉じこもりがちだが、本来、カノクサック先生はかなりのスポーツマンだ。バンコクでは平日にテニス、 週末はマウンテンバイクと、趣味の人である。とくにご自慢のマウンテンバイクは数十万円もかけてアメリカで部品を買い、タイで組み立てたというから半端で はない。週末に泊まりがけで100キロも離れた山へ車で行き、専用のコースを走るそうである。
カノクサック先生が長期で日本に滞在されるのは2回目である。88年にアジア経済研究所の客員研究員をされた。そのときと比べて日本はなにが一番変わった かと聞くと、女性だという。「足が長くなり、髪の毛が短くなった」とは先生の弁。ちなみにカノクサック先生は着物を着た女性が大好きである。着物を着ると 髪型や履き物、歩き方やマナーまで変わり、それがまた実によいのだと、お茶会に行った帰りにしみじみ感想を述べられた。

カノクサック・ゲーオテープ
  • カノクサック・ゲーオテープ
    Margaret Sironval
  • 1940年生まれ。
  • フランス国立科学研究センター研究員。
  • 2003年10月から2004年3月まで国立民族学博物館客員研究部門教授。研究テーマは「贈与の経済学―仏教とNGO活動」。
『民博通信』第104号(p.28)より転載