国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

客員研究員の紹介

吉田集而さん

紹介者:松原正毅(民族社会研究部教授)
吉田集而への弔辞

 国立民族学博物館教授吉田集而は、2004年6月22日朝,大寿会病院において死去した。享年60歳である。
 2001年12月3日夜、吐血して昏睡状態となった吉田は救急車で国立循環器病センターにはこびこまれた。担当医の診断は、脳幹出血であった。脳幹は、 大脳半球と脊髄をつないで諸活動の中枢をになう器官である。この部位への出血は、致命的といえる。集中治療室での処置によって、昏睡状態から脱出すること はできた。
 国立循環器病センターに3ヵ月間入院したあと、藍野病院、上ヶ原病院、大寿会病院と転院した。国立循環器病センターに担ぎこまれてから死去まで、2年半 以上の年月が経過している。その間、体調のよいときには理解可能な意思表示ができる場面もあった。大半の時間は、数本のチューブにつながれて自由に身うご きできない状態ですごすしかなかった。
 2003年春、病院をたずねたときのことである。このとき、吉田が20数年にわたって収集してきた生薬標本や発酵食品の資料の処分について本人に報告し た。国立民族学博物館にのこされていたこれらの研究資料を、富山医科薬科大学和漢薬研究所に寄託することの了解をもとめたのである。わたしの話をききおえ た吉田集而は、手足をばたつかせ頭を左右にふってはげしい拒否の意思をしめした。
あきらかに、みずから研究したいという意思表示であった。寄託先では、吉田資料コーナーをもうけて研究者に公開する予定だという話もつけくわえた。集而もはやく起きあがって、研究をはじめたら、ともいった。吉田集而は、無念そうであった。
 吉田集而は、国立民族学博物館の創設をになった。その意味では、「ご先祖様」のひとりである。国立民族学博物館の「ご先祖様」のひとりに追悼の意を表するため、2004年6月24日の千里会館での告別式で読んだ弔辞を付しておく。

 集而、すこしは楽になりましたか。
 2001年12月3日脳幹出血でたおれてから2年半、地獄をみるおもいだったのではないでしょうか。意識は鮮明にあっても、意思を明確に表現できないも どかしさは、人一倍話好きな君にあっては痛苦のきわみであったでしょう。それは、わたしたちにも共有されるところでした。40年をこえるきみとの交遊のときが、走馬灯のように眼前をよぎってゆきます。京都大学探検部の数年あとの後輩として立ちあらわれたきみは、つねにやや 前傾した姿勢で生きいそいできた感があります。生来の性急さにくわえて、さみしがり屋の本性が、さまざまなゆきちがいを人びとのあいだに生みだしました。 それは、同時にひとをひきつける君の磁力のもとでもありましたが。まっこうから論争を挑んでくる若き日のきみの眼の輝きが、いまのことのように脳裏にうか んできます。
 あまりある才能が、多方面にわたってしめされました。研究者としては、薬学から言語学、植物学、人類学、睡眠学、飲食学などまで、奔放ともいえる思索活 動の軌跡をきざんできました。ニューギニアにおけるフィールドワークは、ひとつの到達点をしめしています。実務家としては、じつに正鵠をえた判断と卓越し た実行力を発揮したといえます。ときに、やや乱暴な言動もともないましたが。それも、ひとつの愛嬌というべきことかもしれません。同じ方向を目ざす同行者としては、ことのほか愉快な旅仲間でしたから。
 それでも、疑問はのこります。
 集而、きみの生きかたはこれしかなかったのか。もうすこしべつの人生もあったのではないか。当然、いまになってべつの人生をえらびなおすことはできませ ん。最終的には、君自身はみずからの人生を肯定的にとらえていたのではないかとおもっています。さまざまな場で、多様な人生を同時的に生きたという意味 で。すくなくとも、そう肯定しながらみずからをはげましていたのでしょう。現在においては、それを許容するしかありません。
 虚空に舞いあがったきみは、いまやあらゆるところに偏在する存在となりました。すべての束縛から解きはなたれた、自由自在の心境ではないでしょうか。
 ふたたび、みたび、一休禅師のことばをきみにおくります。
  有漏路より無漏路にかへる一やすみ
  雨ふらばふれ風ふかばふけ
 集而、また会いましょう。それでは、また。

吉田集而
  • 吉田集而
  • 1944~2004年。
  • 民族文化研究部教授。
  • 文化人類学専攻。
  • 著書に『風呂とエクスタシー―入浴の文化人類学』(平凡社、1995年)、『東方アジアの酒の起源』(ドメス出版、1993)、『性と呪術の民族誌―ニューギニア・イワム族の「男と女」』 (平凡社、1992年)などがある。
『民博通信』第106号(p.28)より転載