国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

客員研究員の紹介

馬建釗さん マー・ジエンジャオ

紹介者:塚田誠之(先端人類科学研究部)
緻密なフィールド・ワークにもとづく新たな研究の探求

馬建さんは、1955 年8 月、海南島で生まれた。父は広東の沿岸の海豊県出身の漢族、母が広州市の回族で、ともに医者であった。生まれて9 カ月後に両親は、仕事の忙しさから、海豊県で女子学校の校長をしていた父方の祖母のもとに馬さんを預けた。回族は忍耐強い民族で、海豊県人は利発だといわれるが、それらに加えて祖母の影響を受けたことで、忍耐強く、他方で他人の世話をすることを好む現在の馬さんの性格が形成されていったようだ。

長じて北京の中央民族学院に入学したが、その際に戸籍を移す必要があって回族と申告した。当時、中央民族学院へ進学するのはおもに少数民族という社会通念があったためである。中央民族学院では、歴史学を専攻したが、自身が回族であり、同期生をはじめ周囲に少数民族が多かったので自然と少数民族の歴史や文化に興味をもつようになった。卒業後、広東省民族研究所に配属されてからは、回族・ヤオ(瑶)族・リー(黎)族・ミャオ(苗)族・ショオ(畬 )族など広東省の諸民族に興味を持つようになった(リー族・ミャオ族は海南省に多い少数民族だが、当時、海南島は広東省に所属していた)が、そのときから徹底したフィールド・ワークによる方法を用いてきた。これには中央民族学院で受けた指導の影響もあり、受けた講義のなかには著名な故費孝通教授の講義もあったという。

新たな研究の探求

馬さんのこれまでの研究のうち評価が最も高いのは、広州市回族の来歴に関する研究である注)。広州は、中国でイスラム教が最も早く伝播した地で、従来は広州の回族は唐宋時代にアラブから渡航したムスリムの後裔だという説が一般的だった。馬さんは、回族住民の基本状況を調査したうえ、族譜を網羅的に調べ、清真寺(モスク)・回族墓地の碑文の内容を丹念に整理した。その結果、広州の回族の祖先は早くとも明代にまでしかさかのぼらないこと、具体的には明朝が15 世紀後半に回族兵士を徴発して瑶族の蜂起を鎮圧し、その後彼らが広州に留まり定住するようになったこと、清代初期にさらに一部の回族兵士が清軍に従軍して広州に来たことを明らかにした。それまでアラブから来たといわれていた蒲姓の回族は、じつはこの時、新たに北方から広州に移住してきたもので、唐宋時代に来た蒲姓は広州にではなく、広東の別の地域や海南島に居住していることをもつきとめた。ともあれ、フィールド・ワークを重視しフィールドで得た材料にもとづいて、既製観念にとらわれずに新たな発見をしていく馬さんの研究スタイルが成果として結実したといえよう。

ここ数年、馬さんが関心を抱いている課題は民族間関係史と民族の文化変容である。民博での研究課題である「中国広東省における少数民族移民の動態と適応」もこの2 点に密接にかかわっている。広東省とくに珠江三角洲には1990年代以降、全国各地の農村からの出稼ぎ移住民が増え、そのなかには、少数民族も少なくない。従来、この問題に対しては系統だった研究がなされていなかった。回族にも北・西北地域から広東へ出てきてラーメン店を開いたり工場労働者となる移住民が急増しているが、彼らの信仰や生活がどのように変容したのか、緻密なフィールド・ワークをおこない明らかにしつつある。

日本でのくらし

馬さんは1996 年の初来日以来、今回で5 度目の来日になる。回族というとイスラムの厳しい戒律を想起するが、広州の回族の場合は異なるようだ。世代による変化や回族の人口が少ないという地域性もあろう。そのためか馬さん自身も戒律にはそれほどこだわっていないように見受けられる。たとえば調査チームを組んでフィールド・ワークに行き豚肉が出されれば食べるという。馬さんは少年時代を沿海地域で過ごしたためか魚が好物で、近くのスーパーでみずから買い物をし調理の腕を振るっている。

馬さんにとって、研究面で印象深いこととして、民博の共同研究会のスタイルがあるという。それというのも、中国では研究の成果を公表し意見を交換する機会が大きな学会しかない。大規模な学会は日本のそれと同様、開催頻度は低く、しかも発表時間が不十分である。それに比べて民博の共同研究会は特定のテーマのもと2 ~3 年間継続して開催され、専門的に研究をおこなっている学者が自由に、かつ存分に意見を出して討議をおこなう。課題に対する相互理解を深めるうえで有効な方式という点で印象に残ったという。民博での研究活動を経て、研究がさらなる進展を得るよう期待されるところである。

注)「中国広州回族社区的形成与変遷」末成道男編『東アジアの現在―人類学的研究の試み』131-141 頁、1997、風響社。

馬建釗
  • 馬建釗
  • マー・ジエンジャオ
  • 1954 年生まれ。
  • 中国広東省民族研究所・広東省宗教研究所、所長・教授。
  • 2005 年3 月から12 月まで国立民族学博物館外国人研究員(客員)教授。
  • 研究テーマは、中国広東省における少数民族移民の動態と適応。
『民博通信』第111号(p.28)より転載