国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

客員研究員の紹介

ジェイムズ・サベールさん
James Savelle

紹介者:岸上伸啓(先端人類科学研究部教授)
イヌイットの伝統捕鯨を研究する動物考古学者

サベールさんは、平成20年9月1日から1年間の予定でみんぱくにやってきた。実は、2 度目の来日である。前回はちょうど7年前で、 今回同様、所属先カナダ、マクギル大学のサバティカルの年にみんぱくで客員教員として1年の研究生活を送った。日本が大好きになった彼のモントリオールの自宅の一室は、日本関係のおみやげ品や工芸品などでいっぱいのミニ博物館となっている。和食や日本酒も大好きであり、かなりの日本通である。

サベールさんはモントリオールで学期中、教育と研究に明け暮れ、目が回るような日々を送っている。そして5月下旬から8月までの夏季休暇中は、ほぼ毎年、数カ月間、カナダの極北地域で調査に従事している。まるで働くために生まれてきたような人間であるが、自由な研究時間を確保できる日本では余裕のある生活を送っているようだ。サベールさんの生い立ちについては『民博通信』96号ですでに紹介したので、これまでに紹介していないことや最近の研究、生活について述べたい。

私がサベールさんにはじめてお会いしたのは1983年8月にバンクーバーで開催された第6回人類学・民族学国際会議であった。当時、サベールさんはアルバータ大学で博士号を取得する直前で、私はモントリオールにあるマクギル大学人類学部に留学する直前であった。次にお会いしたのは、サベールさんがマクギル大学人類学部に助教授としてマニトバ大学から移動された1988年9月であった。それから親交が続いている。

考古学という学問は、忍耐と時間を要する学問である。サベールさんは、北アメリカ各地の博物館に所蔵されているホッキョククジラ(以下、クジラ)の何種類かの骨の長さを実測し、 骨の長さからクジラの全長や性別などを推定する統計学的な相関関係モデルを作りだした。そのモデルを利用して、カナダの極北地域のチューレ文化遺跡(AD1000~1600 年)に残存しているクジラの骨から、当時の狩猟者がどのようなクジラを捕獲していたかを再構成した。

遺跡から出土したクジラの骨をモデルに従って全長を推定すると、数メートルの子クジラから23メートルほどの成獣までの骨があるなか、 8 ~9 メートルのクジラの骨が大多数であることが判明した。また、捕獲したクジラのオス・ メスの数には有意な違いは見られなかった。このことから当時の狩猟者は性別の選好はしなかったが、若年層のクジラを意図的に捕獲していたと推定できる。また、20メートルほどもある クジラは、死んで海岸に流れ着いたクジラではなかったかと推定される。興味深いことに、現在のアラスカの捕鯨民イヌピアックも好んで10メートル以下のクジラを捕獲する傾向が認められ、歴史的な連続性が推測されるのである。

また、サベールさんは考古学的な遺跡を調査することによって、小規模な捕鯨社会にはクジラ以外の資源を捕獲できるという経済的な保障戦略や捕鯨技術、人口集中などの共通の特徴が存在していることを指摘している。

現在、サベールさんはみんぱくにおいてこれまで25年以上かけて集積してきたデータと既存の民族誌を利用して、「伝統的な」捕鯨社会の動態について研究をおこなっている。その研究は、捕鯨社会の社会規則や経済行動が資源獲得を最大化するための適応戦略であると仮定した文化進化論的な通文化研究である。サベールさんは、もともと地質学の出身であるため、きわめて自然科学的な思考を好む。彼のスタンスは、最小限で最大限の結果を実現させようとする合理主義的な人間像と進化論的思考にもとづいている。純人文学系の私とは同じイヌイット研究でも立場が異なるが、サベールさんは私と捕鯨研究文献目録の作成とレビュー研究をおこなっており、近い将来、世界各国の研究者による捕鯨文化の国際研究プロジェクトを組織し、 実現したいと考えている。

最近、サベールさんは、健康管理のため近隣にあるスポーツ・ジムに通っているほか、宿舎である阪大国際ハウスの入居者を対象とする日本語教室に通っている。週末は友人と居酒屋でいっぱい飲んだり、趣味のテニスを楽しんだりしている。また、余暇を利用して京都や高知など訪問し、多くの新たな友人を作りつづけている。 サベールさんは日ごとにますます日本のファンになっているようだ。みんぱくにおいて大いに研究を進めるとともに、日本滞在も楽しんでほしいと願うしだいである。

ジェイムズ・サベール
  • ジェイムズ・サベール
  • カナダ・マクギル大学人類学部准教授
  • 専門は、極北考古学
  • みんぱくでは外国人客員教員として、「伝統的な」捕鯨社会について比較研究をおこなう予定である。編著書にIndigenous Use and Management of Marine Resources(SES No. 67, 2005)など