国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

「世界を食べる日本」:アメリカ編 サンドイッチの日米比較

小谷幸子

アメリカの多様な味覚に寄り添う大衆食としてのサンドイッチ
エッグサラダのサンドイッチ(写真提供:河庚希)
[写真1]エッグサラダのサンドイッチ(写真提供:河庚希)
私:「何、食べたい?」
相手:「アメリカまで来たんやから、やっぱりステーキ!」

この会話のやりとり、これまで何度交わされてきたことだろう。日本から友人や家族が調査地を訪ねてくるたびに、私は日本で一般的にイメージされるアメリカ料理の数々と、それらとは縁遠い食の世界の存在をここ米国に再発見してきた。カリフォルニア州の韓国系移民コミュニティを拠点として研究を続けてきた私にとっては、ハンバーガーにステーキ、ピザ、ピクルスよりも、韓国風海苔巻きにカルビ、チヂミ、キムチのほうが実はもっと身近で日常的なアメリカの味なのである。

いまさら言うまでもなく、米国は移民大国である。さまざまな出自、背景をもった人びとが、地域的要素や宗教、社会的階層、健康や環境問題に対する意識なども反映させながら、一般化不可能なほど多様な習慣、嗜好のもとで日々の食生活を織り成している。たとえば中華料理や日本料理など、米国の外食産業において主流化している一部のエスニック料理の形態がある一方で、移民出身者が必ずしもエスニックな食事ばかりにこだわって家庭生活を送っているわけでもない。

ある日系の老人ホームを訪問した際のことである。職員の方からホームの食事はすべて和食であることを聞き、側におられた日系2世のおばあさんに何気なく「和食の食事でいいですね」と声をかけた。すると、日本から移民してきた両親のもとに生まれ、ご飯と味噌汁で育てられたというこのおばあさん、穏やかに笑みを浮かべながら、英語で次のように答えたのである。「そうでしょう、いいでしょう。まあ、たまにはサンドイッチも食べたいけどね」。

コーンビーフと酢キャベツのサンドイッチ(写真提供:Joel Monkarsh & Soonja Lee)
[写真2]コーンビーフと酢キャベツのサンドイッチ(写真提供:Joel Monkarsh & Soonja Lee)
サンドイッチは主にランチの定番メニューとして、外食派、お弁当派にかかわらず、米国に暮らす人びとにとって広く親しまれている。学生街やオフィス街には、たいていサンドイッチ・バーの店が何軒かあり、お客自らが各自の好みに合わせて、パンの種類や中にはさむ具材を選びサンドイッチを作って食べている光景が見られる。また街角のコーヒーショップやデリカ・テッセンなども、たいていお昼どきには、サンドイッチとポテトチップスとソーダ飲料の3点セットをランチスペシャルとして販売する[写真1][写真2]。このような街の小さなお店で、お客の時に細かすぎるとも思える注文にあわせてサンドイッチを作り売っているのが、英語を母語としない移民1世であることも多い。一方、朝、学校へ向かう多くの子どもたちがバックパックに入れているのは、ピーナツバター・アンド・ジェリー・サンドイッチと呼ばれるもので、濃厚なピーナッツバターを塗った食パンの上に、ぶどうやいちごのジャムをべったりと重ね塗りしたサンドイッチである。このような手作りサンドイッチを携帯するための専用ビニール袋もスーパーの棚には各種並んでいて、各家庭では台所の常備グッズとなっている。

このように、米国のサンドイッチはその消費者や生産者、販売者を取り巻く多様な味覚に寄り添いつつ、大衆食として人びとの暮らしに深く浸透している。そして、その調理法や形態において、日本のサンドイッチと興味深い相違点も多く見られる。ここでは「日本におけるアメリカ料理」として日本でもお馴染みのサンドイッチを取り上げ、日米比較の視点から気づいたことを綴ってみたい。


日本のサンドイッチをめぐるトレンド:手間のかかる軽食から即席ボリューム食へ
さて、サンドイッチ発祥の地としてはイギリスが有名である。18世紀、カードゲーム好きの伯爵がゲームの合間に片手でつまんで食べられるものをということで、パンに具を挟んだ軽食を用意させたことがサンドイッチの始まりだという説である。軽くつまめる食事としてのサンドイッチという点でいうと、従来、日本の家庭や喫茶店などで出されてきた古典的なサンドイッチの類は、ある意味、この由来の流れを汲むものであるといえるのかもしれない。ここで私が連想するのは、細切りの耳なし食パンの間に薄切り具材が行儀よくおさめられ、品よく一口大の大きさに切りそろえられたサンドイッチのことである。

しかし近年、どこか薄暗い雰囲気を醸し出していた、いわゆる従来の喫茶店が少なくなり、開放的でこじゃれたオープン・カフェや米国の外資系コーヒーショップが増えていく時代の流れのなかで、クラブ・サンドイッチのような具沢山で豪快なサンドイッチが日本のサンドイッチ市場に登場してきた。この傾向はサブウェイなど、客の好みに合わせてパンやチーズ、ハム、調味料を取捨選択させ、客の目の前でサンドイッチを作って販売するという米国のサンドイッチ・チェーンが日本に広まっていったこととも無関係ではないだろう。このような米国式サンドイッチの即席性は、私が幼いころに家庭で親しんでいたサンドイッチの調理法にはなかったものだ。パンの間に具材がはさまれたら完成というものではなかったからである。具材がはさまれたサンドイッチはラップに包まれて上から重石が乗せられ、しばらく落ち着くまで待たなければならなかった。

思い返せば10年前、私が米国で初めて一人で食事をしようと入った店はサンドイッチのサブウェイだった。何をどうしていいのかわからない戸惑いやうろたえを克服して、見よう見まねでようやく注文し終え、出てきたサンドイッチを見て思ったことは今でも鮮烈に覚えている。
「うわっ、ハムがやたら多い!」
一方、米国から訪日した知人はまさに私が抱いたこの印象の真逆を日本のサンドイッチに感じたようである。もう6~7年前のことであるが、日本国内を新幹線で旅行中、駅で売られていたパック詰めのミックス・サンドを見て、この具の少なさで400円なんて高すぎると機嫌を損ねてしまった。


温かいサンドイッチの日米比較
グリルド・チーズ・サンドイッチ(Georgio's ChicagoPizzeria & Pub www.georgiospizza.com/photos/grilled%20cheese.jpgより)
[写真3]グリルド・チーズ・サンドイッチ(Georgio's Chicago Pizzeria & Pub www.georgiospizza.com/photos/grilled%20cheese.jpgより)
米国ではサンドイッチは冷たいものとは限らない。火を通した温かいサンドイッチの類はかなりある。たとえば、グリルド・チーズ。バターを塗った食パンを鉄板で焼き、チーズをのせて、その上からまたさらに食パンを重ねて両面をこんがり焼くチーズサンドである。パンにはさまれたチーズが中で程よく溶け、パンの外側のバターの風味と絡まりあって、なんともおいしい。チーズと一緒にハムやトマトをはさんだりすることもある[写真3]。

日本にも温かいサンドイッチはある。俗にホットサンドと呼ばれるものだ。近頃よく見受けられるイタリア風ホットサンド、パニーニもここに含まれる。中にチーズをはさむことが多いのは米国のホットサンドと同じだが、鉄板で調理するよりも、トースターやホットサンド専用加熱機を利用する方法が日本では一般的なようである。

通常の冷たいサンドイッチの付け合せとして、米国ではポテトチップスが取り合わせられることはすでに述べた。では、温かいサンドイッチの場合も同じなのか?答えはノーである。温かいサンドイッチにはフレンチ・フライと呼ばれるポテト・フライが通常ついてくる。すなわち、フレンチ・フライが販売されている場所では、温かいサンドイッチにありつけるのだ。

そうなのである。その典型的な場所はハンバーガー・ショップであり、フライド・チキンの店である。米国ではハンバーガーもサンドイッチの一種であると理解されており、日本でいうチキン・バーガーやフィッシュ・バーガーがチキン・サンドイッチ、フィッシュ・サンドイッチと呼ばれることも珍しくない。

日米のハンバーガーを比較してみて興味深いことのひとつに、照り焼きバーガーの有無がある。米国において、「TERIYAKI」は日本で暮らす人びとが想像する以上に日本独特の味覚として知名度があり人気がある。日本食レストランでは、ブリや鶏肉の照り焼きといった日本でも一般的な照り焼き料理の品目にとどまらず、甘辛い「TERIYAKI」ソースにからまったあらゆる食材に遭遇するものだ。しかしながら、これほど人気がある「TERIYAKI」味にもかかわらず、私が知りえるかぎり、米国で照り焼きバーガーにお目にかかったことは一度もない。なぜだろうか?もしかしたら、その答えはまわりまわって結局、アメリカの多様な味覚に寄り添う大衆食としてのサンドイッチの位置に立ち返ってくるのかもしれない。