国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

「世界を食べる日本」:タイ編 タイ料理回顧録

岡部真由美

私はタイ料理を食べるのがとても好きだ。といっても、好きになったのはつい最近のことである。辛い、香りが強い、脂っこいと、どの点をとっても日本料理と対照的なタイ料理は、日本人の中でも食に対して保守的な人にとってはなかなか手強いものである。しかし、一度慣れてしまえば、ハマる、恋しくなる、そういう味である。

日本でタイ料理屋に行ったことがあるだろうか。どの店でもグリーンカレー、トム・ヤム・クンといった代表的なタイ料理が食べられる。今でこそ、大きな町にはタイ料理専門の店がいくつも軒を並べているが、その昔、日本では「タイ料理」が確立された単一の料理として考えられていなかったように思う。10年ほど前、外国の、特にアジア、アフリカ、中南米などの料理に興味がある人たちは、「多国籍料理」、「無国籍料理」、あるいは「アジア料理」といった看板を掲げた店に足を運んだものである。ただし「中華料理」、「インド料理」、「韓国料理」は早くから別格であり、こうした「多国籍料理」の店の範疇には収まっていなかった。管見の限り、「タイ料理」や「ベトナム料理」、「ラオス料理」といった料理が、主にそれらの国からの移民者(主に労働者や留学生)たちのための料理にとどまらず、広く日本人たちにとっての食の選択肢の一つとして頭角を現してきたのは、ほんの数年前のことである。近年では、アジアン・カフェのランチメニューに「タイカレー」とか、多様にアレンジされた「タイ風○○」が並ぶ。

さて、肝心なのは味である。どの店もおいしいと言えばおいしい、つまり「タイ料理っておいしいね」ということである。しかし、季候、風土、文化の異なる日本で、タイ料理の食材を調達すること自体が至難の業である。例えば、日本で最も有名なタイ料理、トム・ヤム・クン(えびの酸辛スープ)。作り方は、初めにタクライ(レモングラス)とカー(しょうがの一種)といった香味野菜を茹で、続いてえびや好みの野菜(ふくろ茸など)を入れ、プリッキーヌー(緑色の小粒トウガラシ)で辛味をつけた後、最後にマナーオ(レモン)で酸味をつけて出来上がり。好みでネギやパクチーを散らすのもよし。しかし、タクライもカーも日本の食卓で用いることはまずないし、プリッキーヌーはそもそも売られていない。マナーオも、緑色でライムのような顔をしていて果汁はかなり酸っぱいが、日本では売られていない。私などは一体どうやって作れというのだろう、と考え込んでしまうが、日本でタイ料理屋を営む人たちは皆、この問題にぶつかり、何とかしてハードルを乗り越えているのである。

最も恐ろしいのは「タイで食べたほうがおいしいね」という意見である。実際のところ、毎年ウン万人という日本人が観光、ビジネス、勉学、ロングステイなどの目的でタイへ渡航している。こういう人たちは、日本より物価の安いタイで、思う存分タイ料理を堪能しているはずだ。もちろん、本場には日本のタイ料理屋でお目にかかったことのない料理が目白押しである。中には、食べられるものもあれば、食べられないものもあるかもしれない。また地方へ出かければそれぞれの郷土料理があり、興味をそそられるものである。タイに居る間、食のことを考えているだけで日々が過ぎ去っていくと言っても過言ではないくらい、食べ物が豊富であるし、タイの人たちも食べ物に関する会話が非常に多いように思う。私はタイの人たちから、いろんな野菜や果物を指して「これは日本にあるか」とさんざん質問され、その都度「ない」と答えると、「じゃあ日本には何があるんだ?」と問われることがしばしばあった。ちょっとおかしな質問であるが、基本的にタイの人たちは「タイ人は親切だし、料理はおいしいし、果物が豊富」と自信満々の様子だ。こういうタイの風土のなかで、日本からやってきた人たちは、少なくとも日本で食べたことのある代表的なタイ料理を食べる機会を得るのである。一般的に言って、本場タイでの料理は日本のそれより辛く、香りが強い。それもそのはず、新鮮な香辛料が溢れんばかりにあるからだ。これが苦手という人たちは、日本のタイ料理屋で食べた味と違う、マイルドな味が恋しい、と思うかもしれないが、彼らは日本に帰った後もわざわざタイ料理屋へ足を運ぶことはまずないだろう。しかし、問題は本場タイでの料理の味にハマってしまった人たちである。彼らは日本に帰った後も、必ずや「タイ料理が食べたい」と思うはずである。幸運にも、町中には「タイ料理屋」がたくさん軒を並べている。ついつい、なつかしい本場タイでの味を心に描きながら、多くの期待をこめて「タイ料理屋」ののれんをくぐる。しかしここは日本である。辛みが足りない、香りが少ない、なぜパパイヤの代わりにニンジンが皿の上に載っているか、タイで食べた時の10倍近い値段を払っているのにおいしさは半分程度なのか、などといろいろな思いが走馬灯のように駆け巡り、最終的に「タイで食べたほうがおいしい」などと口走ってしまうのである。日本でタイ料理屋を営む人たちにとって、この意見ほど恐ろしいものはないだろう。確実に、「タイ料理っておいしいね」の時代から、「おいしいタイ料理が食べたい」の時代へと移行しているのである。

はっきり言って、日本とタイとの間には、食材や調味料など料理を作る上で多くの差異があり、現在、日本で新鮮な食材をふんだんに使った安くておいしいタイ料理を期待するのは困難だ。風船に、食材の種を入れた袋と「植えて下さい」という日本語の手紙とをくくりつけて、タイから日本に向かって飛ばすというのも現実的な方法ではないし、タイで購入した植木にこっそりと食材類の種を植え込んでおくというのも、効果的な方法ではない。野菜や果物の輸入規制の緩和、外国人居住者の増加や日本人の食生活変化に伴う香辛料の消費量増加など、タイ料理に欠かせない食材類の市場開拓に期待されるところは大きい。現在、タイからの食材の輸入は、主に日本での消費が確実で、かつ日本で生産するよりも安価な品目類が主である。鶏肉、枝豆、アスパラガスなど。バイマクルーッ(こぶみかんの葉)やプリッキーヌー(緑色の小粒トウガラシ)といったタイ料理に大活躍の食材たちは、影をひそめざるを得ない。

この溝を埋める方法はないのだろうか。タイで経験した時と全く同じ味を追求することを、最も手っ取り早く可能にする唯一の方法は、インスタントラーメン。タイのインスタントラーメンは主に袋入りで、一袋5バーツ(約15円)で売られている。タイで初めてインスタントラーメンが発売された1972年(西暦)以来、一度も値上がりしていないと言われているのは驚きである。タイでも指折りに安価な食べ物だ。最初に発売を開始したプレジデント・フーズ株式会社のインスタントラーメンの商品名が「マーマー」であったことから、タイ語ではインスタントラーメンのことを一般的に「マーマー」と呼んでいるが、現在では、各社が競って様々な商品を製造・販売している。タイの人たちの多くは、インスタントラーメンが、日本で発明された食べ物であることを知っているので、「マーマー」を食べる私に向かって「今日は日本料理を食べるのか?」と嬉しそうにからかってくれる。一度、日本からタイに持ち込んだ袋ラーメンを「マーマー」同様、熱湯を注いで3分待ったところで食べたことがあるが、ひどくまずくて驚いた。日本の袋ラーメンは鍋で麺を茹でなければならなかったのだ。「マーマー」は鍋で茹でても、熱湯を注ぐだけでも食べられる。好みで野菜や卵などを加えてアレンジするのもよい。

タイのタイ料理屋にあって日本のタイ料理屋にない食べ物は星の数ほどある。日本のタイ料理屋にあってタイのタイ料理屋にない食べ物は「日本風タイ料理」で、これまた星の数ほどある。日本に居ながらにして、「これや!」と心から思えるタイ料理に出会えるのはいつだろう、などとぼんやり考えながら、昼下がりに「マーマー」を食するのが好きだ。