「日本を食べる世界」:ベトナム編 バイクにのった日本食
[写真1] ハノイを走るバイクの群れ
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近年そのバイクが、また新しいベトナムの一面をのせて走るようになった。「日本食」である。食の豊かさで知られるベトナムには現在、日本食を提供する数多くのレストラン、カフェが存在する。そういったお店がバイクによるデリバリー・サービス、つまり出前を行なっているのだ。「早速、出前をとってみよう。」と言いたいところだが、自らバイクを運転し、日本食を探しに雑踏に飛び出してみるのも楽しいのではないだろうか。では、かつて筆者が暮らしていた首都ハノイを舞台に、日本食のお店3軒をめぐる食のツーリングへと出発することにしよう!
とんかつとハノイの韓国人
[写真2] 『Cafe Mot』のカツ定食
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この『カフェ・モット』で、ここ数年興味深い現象がおきている。お客の4割を韓国人の留学生が占めるようになったのだ。粟生さんの話によると、彼らはカツ系のメニューを好んで選び、カツカレー、カツどん、カツ定食は大人気、週に数回食べに訪れるリピーターもいるらしい[写真2]。その理由は、「『カフェ・モット』のカツにある!」と粟生さんは言う。韓国にも日本食でいう「とんかつ」と同じような料理があるらしいのだが、その違いは、肉が薄めで、衣もそれほどふんわりしていない点だという。『カフェ・モット』のとんかつがまさにそれに当てはまり、韓国人学生の胃袋を満たすようになったのだ。さらにカツは大きめなので、学生にとってはこの上ない満足感が得られるわけである。粟生さんは特に意図してこうした形のカツを提供しているわけではないらしいのだが、今となっては韓国人学生も御用達の日本食カフェとなっている。
ベトナム製ラーメン
[写真3] ベトナム製ラーメン。器には、日本でも有名なベトナム陶器バッチャン焼が使われている。
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2人と日本食の関係は1995年からはじまった。日本料理屋『楽』に、ヒエンさんはウエイトレスとして、タンさんは料理人として就職したことがきっかけである。料理学校に通った経験のないタンさんは、ここで一から日本食を学んだ。1998年「楽」が店を閉め、2人は失職するが、タンさんはDaewoo Hotel(デウー・ホテル)の日本料理屋に転職し、ヒエンさんは日本語学校に通いはじめる。その後2人は結婚。ホーチミン市へ行き、新たな土地で日本料理屋に就職して料理の腕を磨いた。2004年、タンさんがハノイに帰郷すると、2人で貯めた貯金を開店資金にあて、自分たちの店を開いたのである。
この店、メニューを見ると、「ラーメン・ショップ」を越えた域にある。塩、醤油、味噌の3種類のラーメンのほか、餃子やチャーハンといったラーメン屋ならではの品から、ニラレバ定食など日本の定食屋で提供されている定番もの、さらには焼き鳥、おでん、さば煮つけなど居酒屋メニューまで多彩な内容で構成されているのだ。一方で、テーブルやいすの配置、整頓された店内の雰囲気、さらに従業員のあいさつ、立ち位置、注文の取り方等は徹底しており、日本のラーメン屋をイメージせずにはいられない。日本に行ったことのない2人が、これほどまでに「日本のラーメン屋」を演出することができるのは、長年日本食に関わってきたことによって蓄積された経験と知識、そして日々のたゆまぬ努力と、何よりも日本食に対する彼らの愛情であろう。
ハノイのリトル・ジャパン
[写真4] 新鮮な蛤を手にする『紀伊』の料理長
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[写真5] 『紀伊』の自家製納豆
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先述したように、本格的な日本食を提供する『紀伊』に訪れる客は日本人がほとんどで、全体の7割を占め、残りの3割がベトナム人、台湾人、欧米人、韓国人で構成される。やはり一般のベトナム人にとっては、日本食というとその味よりもまず値段が高いことが先立ち、まだまだ手の届かぬ高嶺の花であり、また日本食に関する情報ですらなかなか入ってこないのが現状なのである。しかしながら、こうも考えられるのではないだろうか。小林さんと料理長の2人以外、他のスタッフ全てがベトナム人である『紀伊』店内では、ベトナム人スタッフへの「指導」というかたちで日本の食文化が伝えられている、と。ハノイの「リトル・ジャパン」から、日本の味が着実に発信されているのである。
バイクは食の国境を越えるか
はじめに述べたように、今やハノイではこういった日本食がバイクで至るところに出前されている。さらに使用されているバイクが、ベトナム国内市場で順調に売上を伸ばすホンダ製であるとしたら、日本ブランドのバイクが、日本食である丼物や定食、お弁当、そしてラーメン、半チャーハンセットを配達していることになる。さながら日本のお昼時を髣髴させる風景と言いたいところだが、明らかに東南アジアの一国ベトナムのハノイで繰り広げられる日常なのである。とんかつを楽しみに『カフェ・モット』に集まる韓国人学生も、ベトナム人夫婦によって作られるラーメンの温かい味も、日本の伝統の味を伝えるリトル・ジャパン『紀伊』も、ハノイという空間に共存しているのである。
残念なのは、ハノイの日常の一部分となりつつあるこの日本食が、一般のベトナム人にとっては、まだまだ遠い存在であるということだ。『紀伊』の小林さんは食のプロとしての視点から、人の食に対する保守性を強調する。いくら同じ食材を使用していたとしても、その調理法や見た目が異なると、そこに旨味や味わいを見出すのはなかなか難しい。味覚にもその社会的背景が多分に影響を及ぼしているのだ。ハノイは日本食をはじめとする新たな外国の食文化をようやく取り入れ始めたに過ぎない。日本食需要の受け皿も、経済的に余裕のあるベトナム人の間ではできつつある。今後こういった日本食への興味が一層広がり、いつの日かベトナム人の一般家庭にも、バイクによる日本食の出前が配達されることを期待したい。
余談ではあるが、実は筆者は、通算3年になるハノイ暮らしで、まだ一回もバイクを運転したことがない。そんな筆者が運転するバイクでの食のツーリングはいかがだっただろうか。筆者自身は些か「バイク酔い」を感じながらも、今日もまたハノイの街中を日本食という異文化をのせてバイクが颯爽と走っていく姿を思い浮かべている。
[取材協力店]
Cafe Mot: 50 Bui Thi Xuan, Ha Noi Tel: (84.4) 943.5356
Ramen Shop: 103 Mai Hac De, Hai Ba Trung, Ha Noi Tel: (84.4) 974.2459
『紀伊』:166 Trien Viet Vuong, Hai Ba Trung, Ha Noi Tel: (84.4) 978.1386
Cafe Mot: 50 Bui Thi Xuan, Ha Noi Tel: (84.4) 943.5356
Ramen Shop: 103 Mai Hac De, Hai Ba Trung, Ha Noi Tel: (84.4) 974.2459
『紀伊』:166 Trien Viet Vuong, Hai Ba Trung, Ha Noi Tel: (84.4) 978.1386
[取材協力者]
伊藤真実(東北大学文学部 在籍)
伊藤真実(東北大学文学部 在籍)