国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

「日本を食べる世界」:ドイツ編 高級料理からヘルシー料理へ

山田香織

2004年晩秋。ドイツ第3の都市ミュンヘンを訪れ、観光名所のひとつであるマリエン広場に足を運んでみた。等身大の仕掛け時計のある新市庁舎、広場から数百メートルのところにあるフラウエン教会の玉ねぎ型をした2つの塔、広場を囲むようにして建っている5~6階建ての重みのある建物とその地上階に入っている各種店舗。そして多くの観光客。2年ぶりのマリエン広場の雰囲気と街並みは、以前とほとんど変わっていなかった。

マリエン広場を抜けて、広場からカール門までつづくカウフィンガー通りへとさらに歩をすすめてみる。すると、広場からカウフィンガー通りに差しかかったところで、左側に延びるローゼン通りに、日本語らしきことばで書かれた看板が建物にかかっているのが目に入った。近づいてみると、その看板はたしかに日本語の単語をローマ字表記したもので、看板の下には日本料理の店があった。看板の単語は、その店の名前だった。以前そこに何があったのか記憶していないが、この2年のあいだにこの店が開店したことは確かである。

もの珍しいものを見るようにガラス越しに店内を見ている数人の通行人に混じって、わたしも店内をのぞいてみた。ショーウィンドウに並べられている持ち帰り用の料理、その奥にある厨房、さらにその奥で食事をしている客の姿がみえた。

後日、今度は店に入ってみた。三方が全面ガラス張りの店内は開放感があった。また、隣の店に面した壁には曲線をモチーフにした装飾が施され、置いてあるテーブルと椅子は凝ったデザインのもので、BGMには洋楽が流れていた。街角にあるおしゃれなカフェ・レストランという雰囲気だ。店にやってきた客は、入口横のレジで料理の注文と会計を済ませ、そこで料理を受け取り、空いている席に着いて食事をする。

この店のメニューに載っている料理は、大きく分けて、そば、うどん、ラーメン、ビーフン、サラダ、おつまみ、飲みものの7つ。しかしこのほかに、重箱に入った日替わりのランチメニューやデザートもある。また、レジの横に、ろうでつくられた食品サンプルが並べられているので、品書きと一緒にそのサンプルを見れば、それがどんな料理なのかわかるようになっている。ちなみに、ドイツで食品サンプルがおかれているのは珍しいことである。

[写真1]
[写真1] たまごうどん
[写真2]
[写真2] 「だら」焼きとココナッツクリームをかけてマンゴを添えた米飯のデザート
[写真1]
[写真3] ミュンヘン市内の回転寿司レストラン
[写真2]
[写真4] スーパーマーケットでサラダやフルーツと一緒に陳列されている寿司
食品サンプルと品書きを見比べると、見た目は日本にあるのとおなじ料理、日本にあるのとおなじ料理名で中身の多少ちがう品、日本ではお目にかかれないようなアレンジ日本料理、アジア料理があることがわかる。たとえば、Tamago Udonとネーミングされたうどんの場合、だし汁のなかに、うどん、たまご焼きのスライス、シイタケ、日本で食べる絹さやの2~3倍はあるサヤエンドウが入っている[写真1]。食べてみると、だし汁もたまご焼きもシイタケも、すべてがかなり甘い味付けになっている。あるいは、Yakitori Udonといううどんもあるが、この場合、だし汁のなかに入ったうどんの上に、甘辛いたれをつけて焼いた串刺しの焼き鳥がのっている。ほかには、巻き寿司を串に刺したSushi Spieβeという料理や、型どった米飯にココナッツクリームをかけてマンゴを添えたSticky Rice mit Mango、どら焼きにホイップ生クリームを添えたDara-yaki(doraではなくdaraと表記されていた)といった品もある[写真2]。

日本のうどんやラーメン、どら焼きに慣れているわれわれには、これらの料理の味付けはかなり甘く感じる。しかし、ドイツ人には、この甘さがどうもいいらしい。以前、ドイツ人の知人たちと一緒に親子丼を食べたとき、彼らは、その甘辛い味を非常に気に入っていた。ミュンヘン市内の日本人が経営する焼き鳥屋でも、たれで味付けをした焼き鳥がドイツ人に人気のようだ。

また、彼らの料理の食べ方に目を向けてみると、うどんやラーメンのような汁物の料理を食べるとき、彼らは音を立てずに食べ、だし汁はスープとして全部飲み干す。さらに、料理のアレンジについて言うと、たとえば、どら焼きに生クリームが添えられているのは、クリームを使っていないケーキに生クリームを添える、ドイツで一般的なケーキの食べ方に準じているように思われる。

2003年の時点で、ミュンヘン市内に居住する日本人は約2300人 [註1] 。この数は、ドイツ国内で日本企業が集中するデュッセルドルフやフランクフルトに比べれば少ない。しかし、ミュンヘンにも、ちょっとしたコミュニティができるぐらいの数の日本人が暮らしている。そして、ミュンヘン市内には以前から、日本の大手食品メーカーや日本人が経営する日本料理店が数軒あった。この手の日本料理レストランでは、鉄板焼きや寿司やてんぷらがふるまわれていて、値段は安くなく、おもにミュンヘン駐在の日系企業 [註2] が顧客をもてなすのに使っていたという。つまり、日本人が日本から輸入した日本料理はこれまでドイツ人にとって、エキゾチックでえたいの知れないものというだけでなく、高価な縁遠い料理だったのである。

しかし、ここ数年の健康ブームのあおりをおけて、ドイツで日本の寿司をはじめとする日本料理はちょっとしたトレンドになっている。ミュンヘン市内でも、ドイツ人やアジア系の人たちが経営する、Running Sushi(=回転寿司)の店や、マリエン広場近くの店のような、おしゃれなカフェ・レストラン風の日本料理レストランが増えている[写真3,、写真4]。こうした店では、リーズナブルな料金設定がされていて、店内から日本らしさが極力取り除かれている。そして、こうした店を訪れる客層は、大学生や比較的若いドイツ人ビジネスマンであるから、料理がドイツ風にアレンジされている。彼らは仕事の合間や買いもの帰りに、行きつけのレストランやカフェに行くかのようにふらっと立ち寄っていく。

いま、ドイツで日本料理は、高級というイメージをヘルシーというイメージに変えて、身近な料理のひとつとして受け入れられつつあるようだ。

[註1] 在ミュンヘン日本国総領事館調べ。
[註2] 同総領事館によると、2003年で約70社程度(推定)。在ミュンヘンの日系企業は、減少傾向にあるという。