国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

「日本を食べる世界」:トルコ編 トルコ親日事情

米山知子

親日トルコ
トルコ人が親日的であることは日本でも比較的知られている。両国が友好な関係を築き、日本人観光客が多く訪れ、かつて「日本がロシアとの戦争に勝った」ことも影響して、トルコ人がそのような態度を示してくれているのかもしれない。そのおかげだけではないと思うが、トルコへ旅行した日本人から悪い印象を聞いたことがほとんどない。

トルコにおいて日本がどのように認識されているか、少し日常的な側面へ目を向けてみよう。トルコ人は映画が非常に好きである。昼間のテレビでは、トルコ往年の人気俳優主演のコミカルな作品が毎日のようにお茶の間をにぎわせ、夜は主にハリウッドなどの海外作品が放映されている。筆者が調査のため長期でイスタンブルに滞在していた2004年には、ちょうど、映画『ラストサムライ』が公開され、記録的な観客動員数を数えた。人に会うたびに、「サムライはまだ日本にいるのか?」と熱心に聞かれ、日本の歴史を説明する難しさから思わず「いる」と答えそうになった憶えもある。また、映画好きの間でクロサワやオヅの名前が出てくるのは当然で、キタノ監督作品なども、テレビや比較的小さな映画館で何度か上映されていた。2006年現在では、トルコ映画が人気の上位を占める中、『SAYURI』(トルコでは『GEISHA』)が奮闘している。このように日本人監督(作品)や、日本の歴史や文化を題材とした作品(その内容がどこまで真実を語っているかは別として)に大いに興味が注がれている。


遠い日本食、その原因は?
[写真1]
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[写真3]
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[写真4]
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[写真5] イスタンブルの風景
それでは、もっと身近な「食」に関してはどうなのだろう。トルコ人の友人何人かに、知り合って間もない頃、「日本食を食べたことはある?興味はある?」と尋ねてみた。「ない」という答えが返ってくるのは予想していたが、「スシは知っているけど、生の魚を食べるんでしょ?ちょっと・・・」と言われてしまった。もしかしたら、この友人は食に関しては保守的なのかもしれない。街ではどうだろう。雑誌を見てみると、日本料理がトレンディーな食事として紹介されている。写真は非常に美しく、盛り付けも凝っており、一見それが日本食かも分からなかった。少し調べてみると、イスタンブル市内には日本食レストランが数軒あることが分かった。そのほとんどが大きなホテルの中で営業している。自営店舗のレストランも多く見られる中華料理に比べると、一般庶民からは遠い存在なのだろうか。そこで、イスタンブルの中心に位置し、多くのホテルが立ち並ぶ地区の一角にある某有名外資系ホテルに入っている店をのぞいてみた。道路に面した入り口から暖簾をくぐり一歩入ると、まずネタが並んだカウンターが目に入り、店内はすし屋を思い起こさせる。日本語を流暢に話すトルコ人ウェイトレスに誘導されて席についたが、筆者の同伴者(トルコが初めての日本人)が驚くほどに、このウェイトレスさん、日本語が上手である。

少し余談になるが、日本語とトルコ語は同じウルグ・アルタイ語族に属する親戚同士なため、簡単に言えば、語順が同じで、もしかすると英語よりも学びやすいかもしれない。観光地などには日本語を読めなくても話せるトルコ人が多い。

話を戻そう。他の客はと言えば、全員日本人である。トルコ在住の駐在員やその家族といったところであろうか。後から聞いた話によると、値段はトルコにおいては決して安くないが、味も見た目もそれなりに日本のものを再現しているため、在トルコ日本人(日本企業駐在員)ごひいきの店だったようだ。私達より後に入ってきた唯一のトルコ人客は、慣れない手つきで箸を使いながら、興味津々にひとつひとつの食材を眺めていた。

他の店も同じ地区に集まっているが、その中でも珍しくホテル外で営業しているレストランがあった。先ほどの店からも近いが、より繁華街の賑わいを見せる通りから一歩路地に入ったところにあり、隣には大きな教会が聳え立つ。その名も「TOKYO」[写真1][写真2]。確かに世界に名だたる(?)都市の名前で、日本を連想させてくれる。筆者が訪れた2006年2月末は開業してまだ20日で、以前も少し離れた場所で営業していたが、こちらの方が敷地も広く(2階)人も集まるので移ってきたそうだ。メニューはスシのネタを含めて200近くあり、鮭の兜煮から始まってほうれん草のおひたしや冷奴、なす田楽におしんこなど、スシ以外のいわゆる家庭料理も充実している。ランチメニューもあり、小鉢(肉じゃが)などがついて簡単に「日本食」を体験することができる[写真3]。しかしここでも値段は高い。おそらく、生の魚を食べる以外にこの値段設定も日本食からトルコ人の客の足を遠のかせる理由になっているのであろう。それでも支配人によると客の80%はトルコ人らしく、筆者以外にトルコ人カップルが昼食を食べていた。やはり少々お金をもっていそうな二人で、店のインテリアも手伝ってか、おしゃれな雰囲気である。この店も入り口すぐにスシのカウンターがあり、タイ人の「職人」が忙しそうに手を動かしている[写真4]。スシはほとんどの店でメニューにあり、カウンターがインテリアとして定番になっているようだ。「スシ」を店名に使った店もあるほどで、日本をあまり知らない友人もスシは知っており、トルコでもスシは日本食の代名詞となっているようだ。

以前、比較的大きなスーパーマーケットに買い物に行った時にもスシに出会った。パックに入ったスシは店の片隅に陳列されていた。内容は、かっぱ巻きやサーモンをのせたもので、醤油もついている。レストランで出されるものもそうだが、筆者が見る限り、日本食をトルコ風にアレンジするということはなく、食材も日本から取り寄せ忠実に再現している。しかし買っていく人は、あまりいないようだった。


食が人を繋ぐ・・・
ここまで書いたことは筆者の知る限りのことであったが、日本料理店は徐々に増えているのも確かなようだ。以前「生の魚を食べるのは無理」と言っていた友人も、最近は是非日本食を試してみたいといっている。とはいっても、やはり日本におけるトルコ料理(エスニック料理)ほどに一般的にはなっておらず、まだまだ一部の人が特別な時に足を運ぶ程度である。