客員研究員の紹介
サムアン・サムさん
Sam-Ang Sam
2001年4月16日から1年間の予定で民博に滞在されているサムアン・サム教授をご紹介します。カンボジア西部のポーサット地方出身のサムさんは、カン ボジアとアメリカ合衆国の両国を拠点にして活動する民族音楽学者です。民博にはお馴染みで、1997年の公開フォーラム「越境する音楽」にはパネリストと して、また2000年の研究公演「カンボジア伝統舞踊の一世紀」では演奏グループのリーダーとして来館されています。
1970年代以降におけるカンボジアの歴史の悲劇的な展開は周知のとおりですが、サムさんの人生も大きく左右されました。ポル・ポト軍がプノンペンを攻 略して政権を樹立した1975年には、サムさんはフィリピン大学に留学中でした。家族や友人たちの安否を気遣いながらも、カンボジアへの帰国は不可能で、 1977年に政治的難民としてアメリカ合衆国へ渡りました。ポルポト政権時代には、200万人ちかくのカンボジア人が犠牲になったと考えられています。サ ムさんも両親と4人の兄弟をこの時期になくしています。生き延びた兄も、ポルポト派の追っ手におびえながら2週間ジャングルを歩いてタイの難民キャンプに たどり着きました。
アメリカに渡ってからは、しばらくニュージャージー州でケーキ職人としてして生計を立てますが、音楽の世界が忘れられずに演奏活動を再開しました。たま たま演奏会で一緒になったチンナリー・オンさんとの出会いが、サムさんのその後の人生を大きくかえることになりました。1960年代にアメリカ合衆国にわ たったオンさんもカンボジア出身で、西洋音楽の作曲家です。サムさんは、オンさんが教鞭をとっていたコネティカット大学にすすみ作曲を専攻します。卒業 後、民族音楽学を学ぶ決心をして同州のウェスリアン大学にすすみ、3年間という異例の速さで博士号を取得しました。しかも、民族音楽学で博士になったカン ボジア人はサムさんが初めてでした。学位論文では、ピン・ピアットと呼ばれる器楽アンサンブルの歴史的変遷の考察と演目の楽理的分析を行ない高い評価を受 けています。
サムさんには実にたくさんの顔があります。カンボジアの音楽・舞踊の研究者として数多くの著作がある一方で、ご自身で数種類の楽器をこなす優れた演奏家 でもあります。また、カンボジア音楽・芸能を国外へ紹介するために、1990年以降数多くの公演旅行を企画してきました。これまでに何度も北米、アジア諸 国にカンボジアの優れた演奏家、舞踊家を送り出してきました。 さらに、1993年からの三年間はワシントンDCに本拠をおくカンボジア・ネットワーク評 議会の会長として、北米カンボジア人社会のネットワークつくりや社会福祉活動に携りました。音楽や舞踊は難民として北米に渡ってきたカンボジア人たちが、 自分たちの文化的アイデンティティーを維持していく手段の一つとなっています。サムさんのリーダーシップによって北米各地のカンボジア人社会で音楽・芸能 が根づきつつあります。
このような社会的貢献と多角的な活動は高く評価されています。1994年にはマッカーサー財団から通称「天才賞」として知られるマッカーサー・フェローシップを、1998年には合衆国の芸術家に与えられる最高の栄誉であるヘリテージ賞を全米芸術基金から授与されました。
学界では、カンボジアをはじめとする東南アジアの宮廷音楽・舞踊の研究者として知られていますが、カンボジアのポップ音楽における活動も活発です。これ までに100曲あまりの曲を作曲しており、プノンペンのトップスターたちとCDを製作しています。今回大阪へ来ることを題材にした歌をもうすでに作ってい て、年末のパーティーでお披露目をするためにバンドのメンバーを募集中です。
民博滞在中は、カンボジアの楽器に関する本を執筆するほか、民博の様々な活動にもかかわっています。福岡正太さんと私が1999年と2000年の2度に わたってカンボジアで取材した映像資料を、ビデオテークなどの番組にする編集作業や、8月からオープンする新着資料展示「クメール文化の華~カンボジアの音楽と芸能」の準備に参加してもらっています。
サムさんの活動はこれからさらに広がりそうです。カンボジアの政情は徐々に安定してきていますが、ポルポト時代の傷跡はいまだに深く残っています。祖国 の再興を願うサムさんは、映画をとおして、内戦の体験で分断され相互不信におちいったカンボジアの人びとに、協力しあうことの重要性を訴えるつもりです。
- サムアン・サム
Sam-Ang Sam - 1988年にウェスリアン大学音楽学部民族音楽学科で博士号取得。ワシントン大学、コーニッシュ芸術大学で教鞭をとったあと、1993年からカンボジア・ネットワーク評議会会長をつとめ、1996年にプノンペンの王立芸術大学教授に就任し現在に至る。
- 主著にKhmer Court Dance (1989), Khmer Folk Dance (1998) など。他に、カンボジア音楽・舞踊のCDおよび映像資料の製作多数。