国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

発酵食品・製品と感覚受容―環境と現行する記憶 (2004)

研究期間:2004.4-2005.3 / 研究領域:新しい人類科学の創造 代表者 泉幽香(民族社会研究部)

研究プロジェクト一覧

研究の目的

近年、地球環境の危機的変化の兆しの認識に伴って、食の安全性が注目される中、最も腐敗に近い発酵食品が従来からの身近な日常食品や保存食品、健康食品、近年注目されてきた健康補助食品更には、嗜好品に地理的にも食事構成に於いても懸け離れていると思われる日本とフランスで顕著に見られる。 例えば、フランスの場合;パンとチーズ・ヨーグルトやとワイン、日本の納豆や漬け物、鰹節や"くさや"等の干物、すしや日本酒が挙げられる。 これら生活に不可欠な発酵食品は、近年の衛生面や効率性に基づいた大規模化傾向の食品管理の影響を真っ先に受け、生活本態の変化とも相俟って著しい変化を遂げている昨今、先端のバイオロジーやナノテクノロジーへとつながる技術の苗床(全体的技術)としての生活との繋がりを喪失しつつある為、緊急な調査や当事者の記憶の記録が必要とされる。今回、フランスから発酵のマーカーであり、文化的影響を強く受ける(秋道説)臭いを異なった立場から研究するコビー氏とフルニエ氏をお迎えし、日本とフランスの発酵にさまざまな立場から、さまざまな見方で研究されてこられた諸研究者のコロークでのご発表及びそれぞれのご発表後の各セッションでのコメントと討論を踏まえて、最終的には"発酵のスタンス"を確認して、機関研究のオープニング・"コロークエ"とする。

研究成果の概要
リーダーシップ経費研究成果報告 研究フォーラム『発酵食品と感覚受容-環境と現行する記憶』をフランスの人間科学研究所(Maison des Sciencesde l'Homme)から二人の文化人類学者を招聘して、平成16年度機関研究 4.「新しい人類科学の創造」に申請した同じ題目の『発酵食品と感覚受容-環境と現行する記憶』の国内の一部のメンバーによって機関研究打合会が、それに先だって平成17年1月15日に持たれ、プログラム及び各セッションの司会進行・コメンテターが決められた。それらの準備に基づいて平成17年3月3日~5日迄の三日間、参加者全員の研究報告:10セッションから成るコロークが『発酵食品と感覚受容-環境と現行する記憶』のテーマで開催された。
私達の日常生活に不可欠な発酵食品は、特に地理的・文化的に懸け離れた日本とフランスから見ると、異なった様相を呈していると予想されるが、両国ともそれらの重要性に関しては、疑いの余地がない。又、近年バイオ・サイエンスの発達に伴って、科学的検証の方法が発達しているが、広く人文科学の領域、その中の文化人類学の視野から発酵を規定したり、測定するものは何か?がこのコロークの多くのセッションで問題提起された。以下にその経緯に関して列挙して、将来の研究継続の指針となる今回のコロークの成果と考えたい。
  1. 塩が容易に入手可能であり、豊かな米作地帯で、淡水魚であれ生の魚を食べる習慣があり、その魚は年に1~2回集中して『水田漁業』によって漁獲される地域(主にモンスーン地方)での食料保存の方法として、一般家庭で作られてきた"鮒すし"などの"馴れスシ"の海外での事例は300数十に上って調査・研究、執筆・刊行され(石毛氏)取りあげられ、国内では滋賀県琵琶湖周辺近江平野に集約して分布する。(堀越氏)
  2. このような古くは米の渡来起源とも関連して注目され、"スシの原型とも言われる"馴れスシ"は、神社祭祀、特に宮座との関連で資料が収集されてきた。琵琶湖に注ぐ淀川に次ぐ大河である野洲川を司る『御上神社』の5集落の氏子組織と宮座組織と"鮒すし"を"アメノウオ"祭りや一連の"芋茎(ズイキ)祭り"やそれらの直会との関連で見るとわずかに一部の宮座の直会で漬けられ、供され・食されている。(上野氏、日比野氏)
  3. 淡水魚の"馴れスシ"を奉納する神社の祭りは、河や湖に注ぐ河やその川に頭首口を持つ灌漑:井堰の水利慣行の痕跡を否定し得ない。例えば、"御田の朔日"ではムラの田を通る井堰の要所にしめ縄を立てて行く。(和田氏)以前は、灌漑を遡ってくる泥鰌や鯰を家或いはムラ総出で掬って食べていたのを奉納したとも考えられる。(堀越氏)
  4. 発酵の過程或いは技法の掌握は、ある意味でムラの生活から国家レベル迄の時間や宗教儀式、又は権力を握ることに繋がる事例を、中・南米の発酵飲料とローマ時代のワインとの関連で考察する。(フルニエ氏、中牧コメント)発酵が生ずる泡や熱や音波や匂いは、その存在の証である。(コビー氏)因みに恐竜の認識感覚の80%は嗅覚であった。モンスーン地方では、様々な環境に応じて、生物多様性に富んだ発酵の事例をその文化の特性から考える。(秋道氏)
  5. このような発酵に隣接して、琵琶湖や各地に見られる"焼き干し"のような"出汁" 鮒の事例(安室氏)、ニジェール川中流氾濫地帯の淡水魚を塩水にデイップし発酵・乾燥させスープに入れ米と食する(マッシモ氏発言)事例。

今回のテーマから乳酸発酵に澱粉をイーストと共に入れるブルー・チーズに繋がる乳酸発酵をめぐる課題への展開が予想された。

●オープニング・コローク「発酵食品と感覚受容-環境と現行する記憶」 2005年3月3~5日